あの戦争はなぜ避けられなかったのか？ ～日米の出会いから戦争決断までの88年～
2021年２月「紀要」に寄稿(一部加筆)
COVID-19の影響で、東京オリンピックも１年延期され、2020年度一学期の終業式は８月
７日だった。その前日の朝、いつものように教員が玄関で行っている生徒の健康観察表確
認で私は、「８月６日．．．よし。油断するなよ。」と言ったあと、「今日は何の日？」
と一人ずつに問いかけた。
生徒は一瞬「んっ！？」となるが、８割くらいは「広島」とか「原爆の日」と応えてく
れた。中には「ハムの日」というのもいて笑い合ったりしたが、そういう生徒へも、「75
年前に想いを馳せてね。」と声をかけた。
その日の授業の最初の２分ほど、広島の原爆記念公園の慰霊碑には「やすらかに眠って
下さい。過ちは二度と繰り返しませぬから。」と書いてあるが、これには主語がないとい
う話をして、「その主語は何か、過ちとは何のことかを考えてみてほしい」と呼びかけて、
数学の授業を始めた。
この日に授業があるというのは、貴重な体験だった。
数年前に担任をしていたときの学級通信に次のように書いた。
もし、原爆～終戦が夏休み中でなく、５月や10月などだったら、例えば、毎年甲子園で
８月15日に行われている黙祷を、５月や10月に全国の学校で行うのかなとか、そのために
は、今よりしっかりしたあの戦争についての学習プログラムが組まれていただろう。そう
すると、その内容はただ「戦争は悲惨だからダメ」というよりもっと踏み込んだものかも
知れないし、あるいは、これから千年先まで加害者として(＊)日本人は生きていかねばな
らないという教えが徹底されたかも知れない…
日本人がなぜ未だにあの戦争の総括ができていないのか、…学校が休みなので敢えて触
れなくて済むし、自発的にテレビや新聞等を見ない限り、原爆・終戦の話題にまったく接
することなく過ごせる… 』
＊2013年、韓国の３・１記念日に
害者という歴史的立場は千年の歴史が流れても変わらない」より。
さらに遡って、昭和生まれの最後・平成生まれの最初の高校生の学年の担任をしていた
ときの学級通信には、その慰霊碑の言葉についてこんなことを書いた。
私が広島の慰霊碑の言葉について考えるようになったのは、1983年に当時の中曽根首相
がレーガン米大統領(共和党)との会談で、「日本列島を米国の不沈空母にする」と発言し
たことがキッカケだったような気がします。そのとき、なるほど、「敗戦国になってしまっ
た」という過ちを繰り返さないと言っているんだな、と私は感じ取ったのです。今度コト
があれば戦勝国になれるように努力するということなのかな、と思ったのです。言ってお
きますが、慰霊碑の碑文そのものの話ではなく、それになぞらえての話です。 』
中曽根・レーガン時代は、ソ連(ソヴィエト社会主義共和国連邦)もまだ元気で（1979年
にはアフガンへ侵攻し、翌年のモスクワ五輪を西側諸国はボイコットした）、ソ連の覇権
主義から日本をいかに守るかということで、中曽根政権は「日米は運命共同体」と表明し、
極東ソ連の軍事力を抑え込むために、米国は日本列島全体を使ってよいという意味で先の
「不沈空母」発言が出たのだった。
戦後のこうした東西冷戦を考えたとき、戦前から終戦までの間、米国のフランクリン・
ルーズベルト大統領(民主党・1945年４月没)と英国のチャーチル首相はなぜ、日本やドイ
ツがあれほど警戒していたソ連(スターリン共産党書記長)と手を組んで、中国共産党と統
一戦線を結成(国共合作)した
るときの大きなポイントであると思う。
「敵の敵は味方」ということで、米英ソの共通の敵・日独ということだろうか？
米国が蒋介石を援助したことについて、F.ルーズベルトは、母方の祖父や叔父が香港を
中心にアヘン貿易で莫大な財をなした関係で中国に親しみがあり、そこへ侵攻していく日
本をやっつけようをいう考えはもとからあったとか(＊1)、そもそも，F.ルーズベルトは
共産主義について無知で(＊2)、実際、ソヴィエト共和国成立(1917年)以降，歴代の米大
統領はソヴィエトの危険性を認識して国家承認を拒絶していたのに，F.ルーズベルトは大
統領になったとき(1933年)、すぐにソ連との国交を開始している。（ソヴィエト共和国は
周りの小さな国々を次々に社会主義共和国にして1922年、共和国連邦を樹立。）
＊1 産経新聞社「ルーズベルト秘録〈上〉」(扶桑社）
＊2 渡辺惣樹「第二次世界大戦 アメリカの敗北」(文藝春秋）
また、F.ルーズベルトのそうした状態もあって、共産主義のシンパ(sympathizer=共鳴
者，支持者)が米政府の中枢にかなり入り込んでおり、ドイツと戦っているソ連としては
日米を戦わせるべく、後述の「ハル・ノート」にもその意向が反映されているという話も
ある(＊3)。
＊3 須藤眞志「ハル・ノートを書いた男」(文藝春秋）
終戦後、ソ連と中国共産党は、北朝鮮を後ろから支えて朝鮮半島南部まで進攻し、朝鮮
戦争が勃発(1950～53)。ここでようやく、ルーズベルト亡き後の米国がソ連の意図に気づ
いたというわけである。
その前に中国では、1946年から毛沢東の中国共産党と蒋介石の国民党の間で内戦になり
(第２次国共内戦)、蒋介石は台湾に逃れ、1949年に中華人民共和国が建てられた。現在、
習近平主席による香港の民主化運動家の一掃と思われる政策が進行中で、それに対して米
国は厳しく非難している状況である。
また、1950年代前半、米国や欧州でも、いわゆるレッド・パージ(赤狩り。ボカロの歌
ではない)が行われ、あのチャップリンも共産主義者として米国から追放されている。
それでは、日本が対米戦を決意するに至った経緯について、私の「探求の時間」に調べ
たことを、やや長いが発表させていただく。
日米の出会い
1853年７月８日、米国東印度艦隊指令長官ペリーは、黒船の艦隊で浦賀沖に現れ、米大
統領フィルモアから "日本皇帝閣下"(将軍)への手紙を浦賀奉行に手渡した。
これが、日米の "公式な" 出会いである。
それから88年後に、日本は米国に戦争を仕掛けるわけだが、それでは次に、日本が対米
開戦を決意する直接の原因になったとされる「ハル・ノート」を見ることにする。
初音ミクの歌とは関係ない。
ハル・ノート
これは、一連の日米交渉の末、1941年11月26日に米国が日本に示したノート(note＝メ
モ)で、正式名称は「合衆国及び日本国間協定の基礎概略」という。まだ拘束力をもつ正
式の文書ではなかった。
ハルとは、当時の国務長官コーデル・ハルのことで、日米交渉の窓口になっていた。
このノートには、日米両国のこれからなすべきことが10項目書かれおり、そこから逆に、
当時の日本が何をしていたかが見えてくる。
１．米日は、英国、中国、オランダ、ソ連、タイと多辺的不可侵条約の締結に努力する。
２．米日は、英中
力をする。
＊現在のベトナム、ラオス、カンボジアのあたり。
３．日本国政府は、中国及び印度支那より一切の陸海空兵力及び警察力を撤収する。
４．米日は、臨時に重慶に置く中華民国国民政府以外の政権は支持しない。
５．米日は、中国国内における一切の権利を放棄する。
６．米日は、通商協定締結の交渉に入る。
７．米日は、互いの資産凍結を解除する。
８．米日は、ドルと円の為替安定計画を協定する。
９．米日は、第三国と締結しているいかなる協定も、太平洋地域全般の平和樹立及び保持
に矛盾するような解釈はしない。
10．米日は、他国に対して本協定の原則を適用させる。
第４項の政府とは、蒋介石の国民政府のことである。第９項は、日本にとっては日独伊
三国同盟の実質的な破棄を意味している。
第３項は、唯一、主語が「日本」だけになっている。これを読むと、当時日本は、中国
と印度支那に軍隊と警察を駐留させていたことがわかる。警察がいるということは、実質
的に政治支配をしていたと解釈できる。
そして、日本が特に受け入れられなかったのは、この第３項と第５項だ。日本は、ここ
にある「中国」に満州が含まれるのかどうかが不明確なのに、米国に問い質すこともせず、
勝手に満州も含むと解釈し、それは絶対に呑めない、もはやこれまで、ということで、12
日後の12月８日に真珠湾の米軍基地を爆撃したのである。
満州は、ロシア・ソ連の南下をくい止める要所として、また、工業など産業上でも日本
の生命線と言われていた。
日本から満州への移住も増え、痩せたこの土地に東洋一の近代工業都市を作り上げた。
1940年の満州の人口は3500万人を越えており、その８割程度が漢族、日本人は60万人ほど
であった。こうなるまでに、日本国内の税金も相当額つぎ込まれてきた。その満州から完
全に撤退せよ（と日本が勝手に解釈した）というのは、とうてい呑める条件ではなかった。
列強のアジア侵攻日本が開国するころ、欧露米は、
どんどん東アジアを侵食していく。
この、列強のアジア侵攻の凄じさを
見ておこう。
1842 英 香港領有（アヘン戦争の
結果）
1854 日本、米英露と和親条約締結
1858 露
日本、米国等と修好通商条約
締結
英 インド直接統治開始
1860 英
〃 露
1862 仏 コーチシナ東部領有
1867 英 海峡植民地を直轄地とする
1877(M10） 英 インド帝国成立
1881(M14） 露 清とイリ条約締結
1884(M17） 仏 清仏戦争（～85）
1885(M18） 独 マーシャル・カロリン諸島領有
1886(M19） 英 全ビルマをインド帝国に併合（ビルマは現ミャンマー）
1887(M20） 仏 仏領インドシナ連邦成立
1894(M27） 日英通商航海条約締結。不平等の解消。この後、他の国とも調印。
〃 日清戦争（～95）
翌年４月、下関条約で遼東半島、台湾・
不凍港を求めて東アジアでの南下を狙うロシアはドイツを誘い、それにフランスも加
わり、遼東半島の清への返還を日本に勧告、力関係で劣る日本はそれに従う。（三国
干渉）。
1897年、朝鮮は清から独立し大韓帝国となる。
1898(M31） 独 清より
露 清より遼東半島(
英 清より九竜半島租借
米 ハワイ併合。米西戦争によりスペインの植民地だったフィリピン・グアム領有
1899(M32） 仏
米 中国に対する「門戸解放宣言」発表
日清戦争（1894～95）
明治以降の日本外交は、はじめは朝鮮半島から中国(
それは、もし、朝鮮半島が欧州やロシアの植民地になれば、日本もやがて同じ道を辿るで
あろうと認識していたからである。
欧米と国交を開いた日本は、清の属国である朝鮮に、清から独立して近代化をするよう
訴え続けたが、朝鮮は頑なに拒み続けた。
そこで日本は1871(明治４)年、まず、朝鮮の宗主国・清との修好条約を結んだ。
1873年、西郷隆盛や板垣退助、大隈重信らによる征韓論(西郷を朝鮮に派遣して交渉に
失敗したら開戦しかないという論)が閣議で否決され、西郷らは参議を辞して
いう「明治６年の政変」が起こった。
1876年、清の
び、朝鮮を開国させることができた。
この条約の第１条では「朝鮮国ハ自主ノ
のだが、実体は、日本だけが朝鮮において領事裁判権を持つ不平等条約であった。
朝鮮国内では、日本とともに近代化に向かおうとする派と、これまで通りの排外派が対
立していた。そうした対立抗争が起こると、日清双方が朝鮮に兵を出すなどした。
そしてついに，朝鮮の排外的な宗教団体「東学党」が大反乱を起こし（「東学党の乱」。
今は「
1895年４月、ともかく日本が勝って、下関で日清講和条約(下関条約)が調印された。
その直後の三国干渉(上記年表参照)を、日本国民は屈辱と感じ、国家主義の意識が強まっ
た。
ところで、西郷らが征韓論を発議したときというのは、その15年前に締結した修好通商
条約の不平等解消のための下交渉と視察を兼ねて、いわゆる岩倉使節団が米・欧に派遣さ
れて、政府要人が留守中のときであった。
岩倉
を聞いて「いまは外国のことより国内のことが大事」として、朝鮮への戦争を前提とした
交渉を認めなかったのだ。
それでも結局、自分たちが不平等条約に悩んでいるときに、日本は朝鮮と不平等条約を
結んだわけである。
これは、プロシア・フランス戦争を経てドイツ帝国を建設したばかりのビスマルク宰相
が、岩倉使節団を招いた晩さん会で述べた言葉「世界はみな親睦礼儀をもって交わってい
るようにみえるがそれは表面上のことで、内面では大が小を
が大きく影響していると思われる。
あの三国干渉もまさにこの言葉通りというわけで、日本も国民ともども「富国強兵」の
思いを一層強めた。そして、のちに破竹の勢いのヒトラーのナチス政権へも重ね合わされ、
日独伊三国同盟を選択することになった要因になっているのでないかと私は考える。
義和団の乱～日英同盟(1902)
日清戦争で敗れた清は衰え、国内は混乱し、ますます中国は列強に浸食されていく。
そんな中、「反
(清朝を助けて西洋を追い払う)にスローガンを変えて乱を起こした(1899年・義和団の乱)。
翌年、北京に住む外国人を守るため、外国勢は天津に停泊中の軍艦から500名ほどの兵
士を北京に向かわせた。
義和団との戦闘を続けていると、清朝は突然、諸外国に宣戦布告をした。
諸外国は、清国の正規軍とも戦わなければならないことになったが、それだけの兵を中
国にはおいておらず、かといって援軍到着には時間がかかる。
そこで、最も近い日本が援軍の第１陣を送るのが良いのだが、日本は、各国に事前の相
談もなく勝手に軍隊を出すと、日本が利権を独り占めするのではないかという疑念を抱か
れる可能性があると心配して躊躇していた。
そこへ、英国から出兵の要請が来たので、日本は援軍を送り、諸外国の連合軍も態勢が
整い北京に突入、「華の北京、今や火の海」(＊)と化したのである。（北清事変）
このころの日本はまだしおらしかった。
＊映画「北京の５５日」主題歌(ホセしばさき作詞，D.ティオムキン作曲,萩原哲晶編曲,
克美しげる歌)より。
清は、賠償金と、連合軍の北京駐留を認めた。欧州勢は、アフリカ方面の植民地対策も
あって（特に英国は、対独の第２次ボーア戦争の真っただ中）、また、北京での日本軍の
働きや軍紀の高さが評価されて、駐留軍のうちで日本軍が最大で、「極東の憲兵」と呼ば
れていた。こうして日本は、列強諸国と肩を並べることができるようになった。
このときの北京駐留軍が、37年後の盧溝橋事件のきっかけになる支那駐屯軍である。
ロシアはこのチャンスに、満州全域に兵を残した。ロシアにとって満州は、シベリア鉄
道～満州鉄道を通って不凍港である旅順港へ通じる重要な経路なのである。
日本は、ロシアの南下を食い止めるのに２つの選択肢に迫られた。
ひとつは、ロシアと協議して、ロシアは満州を、日本は朝鮮半島をそれぞれ占領するこ
とを認め合うことを目指す道。この考えの代表的人物は、伊藤博文や井上馨。
他方は、ロシアの南下を警戒していた英国と組む道。元老の多数や桂太郎内閣はこの日
英同盟派である。また国民も、三国干渉以来、ロシアには反感をもっていた。
日本は、前者は一時しのぎにしかならないと判断して後者に決断、1902年１月30日に日
英同盟が結ばれた。これで、英国の「名誉ある孤立」は終わった。
日露戦争(1904～05）～日韓併合(1910)
ロシアは、日清戦争後の三国干渉で権益を取り戻した遼東半島まで南下し、また、韓国
にロシア軍人14人を軍事顧問として送るなどした。ロシアの朝鮮半島への侵攻は、日本に
とって最も危険である。
また、満州のロシア兵も増員したので、日本国内は対露戦の世論が高まってきた（1902
年に
日本の政治家や軍の最高指導者は、対露戦に自信はもてなかったが、大国ロシアと戦う
ならばシベリア鉄道完成前の今しかないという中堅将校や外務省の中堅官僚の強い声に押
され、桂内閣は、1904年２月10日にロシアへ宣戦布告をした。
1905年、日本は、日本海海戦でバルチック艦隊を撃破し、戦況は優勢であったが、戦費
が通常国家予算の４年分にまで膨らみ、過大な増税をせざるを得ない状況で、これ以上の
戦争継続は無理であった。ロシアの財政も同様であった。
開戦間もない増税に日本国民は苦しみ、それをもってこの戦争を非難した新聞は発行禁
止になり、編集者が禁錮刑に処せられるということも起こった。
反戦の論調では、韓国や満州が自身で独立すべきとは言わなかった。韓国の独立が大義
名分の日清戦争とは違い、日露戦争は、支配層や資本家たちの利権のための戦争という性
格になっていた。
こうした変化にも注目しておきたい。
さて、日清戦争後の三国干渉に懲りていた日本(桂太郎内閣)は、中国の門戸開放を訴え
ている米国のセオドア・ルーズベルト大統領（共和党。後に日露調停の功績によりノーベ
ル平和賞受賞）に調停を依頼した。
米国にとっても、フィリピンの統治権の安全を確保するには、フィリピンに対してアジ
アの同胞として同情の念をもっている日本に恩を着せ、フィリピンに手出しさせないよう
にしておくのが得策と考えたのである。
米国ポーツマスでの講和会議の前、米国の陸軍長官で特使のウィリアム・タフト（後に
次期大統領となる）は、フィリピン訪問のついでという形で来日し、1905年７月29日、米
国は日本の韓国での権利を認め、日本は米国のフィリピン統治を認めるという「桂・タフ
ト協定（覚書）」を結んだ。
そして、1905年９月５日、日露講和条約(ポーツマス条約)を締結。
日本の韓国に対する権益の承認や旅順・大連の租借権と鉄道(南満州鉄道)の権利の譲渡、
11月17日、(第２次)日韓協約で、韓国の外交は日本の外務省が処理する等が決められ、
伊藤博文が初代韓国総監に就任した。
さて、日本は莫大な戦費を費やしたにもかかわらず、講和条約で、ロシアの強い抵抗に
より賠償金の支払なしという譲歩をしたため、それを不満とするマスコミが政府を非難し、
増税に苦しんできた民衆は各地で暴動(＊)を起こし、戒厳令を敷いて鎮圧した第１次桂内
閣は、"屈辱講和" の責任を取って総辞職する。そして、1906年１月、第１次
内閣が成立する。
＊政府系新聞社や交番を襲撃＝日比谷焼打ち事件。各地でも同様の大会・暴動が行われた。
1907年には、日本の韓国での権益、ロシアの
(モンゴルのゴビ砂漠以北)での権益
を互いに承認し合う日露協約が結ばれた。しかし、満州についてはまだ解決していない。
1909年10月、伊藤博文は、満州・朝鮮問題についてロシアと話し合うために訪れたハル
ビン駅で、韓国の安重根によって暗殺された。
1910年、日韓併合条約を締結。韓国を朝鮮に改めて総督府を置いて植民地とした。
1911年２月、日米新通商航海条約が締結され、明治以来50年間の悲願であった日本の関
税自主権が回復された。
辛亥革命(清朝滅亡)
ちょうどこのころ、清朝政府は財政難のために全国の鉄道を国有化して、それを担保に
英米独仏や日本から借金しようとしていた。
それに対して外国資本の排除を目指す勢力が清朝打倒、共和国建設を目指して1911年10
月、武装蜂起して、辛亥革命が始まった。
そして、1912年１月、南京にアジア初の共和国・中華民国を建てて、孫文が初代臨時大
総統に就任した。
一方、清朝政府の総理大臣だった軍閥・
た。とくに英国が、軍閥政権を建てて中国内にさらに深く入り込もうと袁を支持したこと
もあって、袁は、革命派の目指す共和制を認めて清朝皇帝を退位させることを条件に、自
分が中華民国の大総統になることを孫文にもちかけ、孫文はそれを受け入れたので、袁は
清朝の宣統帝・
そこへ、日本の軍部が、南満州と
て、満州に清朝の
が、外務省の反対と満州の軍閥・張作霖の抵抗で挙兵は中止された。
このあたりから、日本が、防衛から拡張へ変化していることがうかがえる。それは、欧
州に追い付け・追い越せということで、当時の状況からして、やむを得ないことであろう。
歴史を、現在の価値観で断罪することは、本稿の目的ではない。
日本は、1912年７月30日より大正に入る。
1914(大正３)年３月、山本
に変わった。
第１次世界大戦(1914～18）
1914年６月28日、オーストリアの皇太子夫妻がボスニア訪問中、ボスニアと民族的に対
立しているセルビアの青年に暗殺され、１か月後にオーストリアがセルビアに宣戦布告し
て第１次世界大戦が始まった。
この大戦は、独
争となった。
日露戦争後の破綻寸前の経済状態で沈滞ムードの日本は、この大戦を「日本国運の発展
に対する大正新時代の天祐(天の助け)」と井上馨は述べるなど、日本の指導者はまたとな
い機会と捉えていた。
英国は日本に、
いと、当時の第２次大隈重信内閣(同志会)の加藤
ドイツ領をすべて手に入れて日本の国際上の地位を一段と高めるチャンスだと主張したた
め、英国は陸上(青山)まで戦闘が広がることを嫌い、先の要請を取り下げた。
10年前の日本のしおらしさは、もうない。
中国は中立を宣言し、ドイツも、膠州湾を一旦中国に返し、のちにまた租借しようとい
う交渉を始めていた。そこで加藤外相は、ドイツに、膠州湾はいったん日本が引き取って
中国へ返すという提案をした。しかし、ドイツから回答がなかったので、８月23日に日本
はドイツに宣戦布告した。日本のマスコミもこぞって参戦を支持した。
11月に青島のドイツ軍は降伏、日本陸軍は青島に軍政を敷いた。
ドイツ撤退後、中国は青島の返還を求めたが、中国に返すという提案にドイツが同意し
なかったため、宣戦布告してドイツから勝ち取ったのだから、日本には青島を中国に返す
義務はないという解釈をした。
この理屈は今、ブーメランとしてロシアから日本に返ってきている。すなわち、北方領
土は第２次世界大戦の最後に当時のソ連が日本に宣戦布告して戦い取ったものだからロシ
アのものだと言っているのである。
対華21カ条の要求
開戦の翌年1915年１月、日本は「対華21カ条の要求」を中国の袁世凱大総統に提示した。
これは、第１号から第５号まである。
第１号から第４号までは、これまでの日本の権益の確認である。
そして、第５号は「中国の政治・財政・軍事の顧問に日本人を雇い入れる」「警察を日
中合同とする」「日本の兵器を買う」などの条項があり、これが袁世凱を完全に怒らせる
ことになった。
これは、要求を出すならとそれに便乗して、第１号から第４号の内容についても、軍部
や実業界などから山のように要求が殺到し、国内で整理することができず、ほとんどその
まま出してしまったのである。
しかも、英国などに事前に知らせるときには、この第５号は隠してしまった。袁は第５
号の存在を世界に訴え、日本は国際社会からも不信感を持たれるようになった。
第５号には、特に英米が疑問を呈した。
袁との交渉は５月まで続き、日本も第５号の半分ほどを取り下げて譲歩し、５月下旬、
条約に調印。これで、南満州と東部内蒙古での日本人の土地租借権が認められたが、袁は、
この「21カ条の要求」を利用して反日感情で中国の人心を結束させ、また、外国人への土
地賃貸を死刑をもって禁止したため、日本の権利が空文化してしまった。
袁との交渉が続いているとき、国内では1915年３月の総選挙で同志会は大勝した。
政友会と国民党は、対華要求で日本の信用を失墜させたとして内閣弾劾案を提出したが、
与党の多数で否決。次に、大浦内相が選挙で買収を行ったとして、大浦内相の弾劾案を提
出し、さらに選挙法違反と収賄罪で告発した。
７月には、台湾の台南で大規模な抗日蜂起が起こった。（
10か月続き、100名以上が死刑に処せられた。
７月末に大浦内相は辞表を提出。翌日、大隈首相以下も辞表を提出したが、元老会議が
留任を勧告した。
大隈は、内閣を改造したが、その内閣はあまり評判はよくなかった。しかし、大戦景気
が訪れ(後述）、大正天皇の即位式(11月10日)もあって、もう１年ほど持ちこたえた。
排袁工作～満蒙独立運動(第２次)
ロシアとは４回にわたって日露協約を結び、満州と蒙古を日露両国の勢力範囲と定め、
日露どちらかが中国をめぐって第三国と戦争になったときは、他方は互いに軍事援助をす
ることなどが約束された。（1916年７月）
日本の軍参謀本部は1915年暮れ、反日の袁世凱を排するために、独裁的な袁を倒そうと
する中国南部の運動を支援し始めた。大隈内閣は、翌1916年３月にそれを黙認することを
決定する。
しかし、６月に袁が病死したため排袁工作は中止され、袁の後を継いだ
側に引き入れようという方針に切りかえた。
ところが、大陸に残った日本軍は、蒙古の馬賊の頭目・
して北京に向けて挙兵させたり、また別の将校は、奉天の張作霖を手助けして清朝の復活
を図ろうとするなど、日本の政策も混乱を極めた。
1916年10月、大隈内閣は、対華政策の失敗により総辞職、寺内
1917年１月、寺内内閣は、外交上の国策統一を重視して外交調査会を設置、また、武力
だけでなく、大戦景気で蓄積できた資本を活用して経済的援助を与えることで日本の支配
権を浸透させる方向に変えた。現在でも覇権主義の国が使っている手法である。
この大正初期、鬼と化した妹を助けるべく、鬼との闘いも続けられていたようである。
ロシア革命～ブレスト・リトフスク講和～シベリア出兵
第１次大戦３年目の1917年、ドイツが無制限潜水艦戦を宣言すると米国も対独宣戦した。
日本は、連合軍の要請により地中海まで艦隊を派遣した。
また、日本と米国の間で、曖昧ながらも、地理的に近い日本の特殊の権益を米国は認め、
両国が中国の領土保全と門戸開放・機会均等の主義を支持するという「石井・ランシング
協定」が結ばれた。これで米国は欧州戦線に集中できるようになった。
さて、戦争が長引くにつれ、欧州、ロシア、ドイツの経済は麻痺状態になっていった。
そして1917年３月、ロシアで革命が起こり、ロマノフ王朝が倒され（三月革命）、つい
で11月７日、レーニンの指導のもとで世界最初の社会主義のソヴィエト政権が樹立された
（十一月革命）。
その翌日レーニンは、「平和に関する布告」を宣言。これは、民族自決に基いて植民地
等を無賠償・無併合で解放して即時停戦を呼びかけ、これまでの秘密外交や秘密条約を暴
露し、この後は禁止することを宣言したものである。日露協約も破棄された。
この革命は、今般の戦争は資本家の欲望によるものだとして、資本家や地主を否定し、
農民や労働者階級が中心の社会を作ろうというものであった。そして、戦争をやめて国内
を立て直そうと、ソヴィエト＝ロシアは他の連合国には何も言わずにドイツに講和(停戦)
を持ちかけた。
しかし、対露の戦況が優勢のドイツは無賠償・無併合を拒否。植民地を多くもつ連合国
側も反発した。
米国のウィルソン大統領(民主党)は、「平和に関する布告」に対抗するかのように翌
1918年１月、この戦争の連合国側としての目的をはっきりさせようと「14カ条の原則」を
発表した。それは、秘密外交の禁止や軍備縮小、民族自決や戦後処置の提案(国際連盟の
創設)という内容のものである。
そして連合国側は、ソヴィエト政権とドイツとの講和を阻止しようと干渉した。しかし
レーニンは、ともかく停戦しなければロシア国内がダメになてしまうということで、ドイ
ツに大幅に譲歩して３月３日、ブレスト・リトフスク講和条約が締結された。
５月、オーストリアから独立を目指したチェコスロバキア軍は、ソヴィエトからの武装
解除命令に従わず西シベリアを占領した。そこで英米仏日は、チェコスロバキア軍を救援
する目的でシベリアに出兵することにした。つまり、第１次大戦の中に、資本主義対社会
主義の戦争が起こるという２重構造になった。
日本は、東シベリアに、社会主義の波を食い止めるための緩衝地帯をつくろうと考えて
いた。したがって、寺内内閣は、シベリア出兵は絶好の機会だと喜んだ。
８月、米英仏日は各国の兵の数を決めてウラジオストックに出兵、一番近い日本が指揮
権を握ることになった。
この直後、日本では米騒動(後述)が起こり、９月には寺内内閣から
国際的にこういうタイミングでも、日本の内閣はどんどん変わっていくのである。
さて、日本の軍参謀本部は、社会主義の拡大等、事態の急迫を理由に、他国に相談もせ
ず、国内でも外交調査会に諮らずに独断で、シベリアの兵を当初の６倍にまで増兵を行い、
東シベリアのほぼ全土を占領した。
これで、現地の民衆の敵意は増幅し、また、門戸開放を訴えている米国との関係も悪化
していった。
パルチザン(ロシアの武装した一般市民による非正規軍)の激しい抵抗などで、1920年に
英米仏は撤兵したが、日本は、シベリア出兵の目的を「チェコ軍救援」から「朝鮮・満州
への過激派の脅威阻止のため」に変更して、そのまま駐留し続けた。
すると、日本人捕虜がパルチザンに全員殺されるということ(
フォルニア州では外国人土地法が厳格化されたり、国内でも撤兵すべきという意見が強く
なり、戦後のワシントン会議において、1922年までに撤兵することとなる。(後述)
ロシア革命の１年後、1918年11月にドイツのキール軍港で水兵が反乱を起こし、ドイツ、
オーストリアが無条件降伏をして第１次大戦は終結する。
パリ講和会議(1919)～国際連盟設立(1920)
さて、シベリア出兵の最中、1919年１月からパリ講和会議が開かれた。議長のフランス
(クレマンソー首相)はドイツへの報復を第一とし、米国(ウィルソン大統領)は国際協調と
民族自決などを理念とした戦後の秩序づくりに重点を置き国際連盟の創設を提唱、英国(ロ
イド・ジョージ首相)はその中間的な意見を主張した。
日本(西園寺公望全権代表。遠距離のため原首相は行かず)は、初めて列強と同席するこ
とができた舞台だが、東アジアや太平洋での自国の利権のみを主張するばかりで、大戦後
の世界の秩序作りという観点では何一つ発言はなく、欧米の提案に対してもいちいち本国
に判断を仰ぐというようなことやっていて「サイレント・パートナー」と揶揄され、フィ
リピン領有の米国は反発を強めた。
中国は、膠州湾の周辺・山東省の返還を日本に求めたが、日本は、中国に返還するなら
国際連盟には加入しないと告げ、また、日本の大戦時の連合国側としての働きも評価され
（日本の参戦と引き換えに）、中国の要求は退けられた。
すると、５月４日に北京大学の学生ら数千人が天安門広場でデモを行い、日本との交渉
に当たった役人たちの邸宅を焼き打ちにするなどした（五・四運動）。この行動は瞬く間
に全国に広がり、その勢いに押され、中国は条約の調印式を欠席する。
朝鮮は、天道教やキリスト教、仏教の宗教人33名がこの講和会議に、日本による植民地
支配を訴えようとしたら日本の警察に逮捕されたことに反発して、３月１日、学生や一般
市民数千人が京城のパゴダ公園に集結し独立宣言を読み上げた。（三・一独立運動）
講和会議で日本は、民族自決がアジアやアフリカも対象となるように、人種や国籍によ
る差別の禁止を連盟規約に盛り込むよう提案したが、全会一致とはならず否決された(＊)。
＊講和会議は多数決が原則だが、議長は、重要事項は全会一致の慣習があるとして否決の
裁定を下した。
日本のこの提案に対して、日本自身も中国や朝鮮での権益を保持・拡大しようとしてい
るという点を突かれている。
結局、ウィルソン大統領の「14カ条の原則」を柱に、1919年６月28日、ヴェルサイユ講
和条約にドイツと会議参加国が調印し、第１次世界大戦は終結した。
ドイツでは、８月にワイマール憲法が制定され、ドイツ共和国になった。ここでは20歳
以上の男女の普通選挙権も定められ、大統領の直接選挙、労働者の権利が規定された。
しかし、領土の縮小と過酷な賠償金でドイツの経済は破局寸前となり、ドイツ国民の不
満は増大し、10年後、国民はゲルマン民族優位を唱えるヒトラー率いるナチスを支持する
ようになり、また、ワイマール憲法が大統領に首相の任命権などの強権力をもたせたため、
ヒトラーの独裁体制を生み出すのである。
国民の生存の危機の高まりは、強権的政治を望む機運も高める。そして、民主主義は、
民主的に民主主義を終わらせることのできるシステムなのである。
国際連盟は1920年に発足したが、提案した米国自身は結局、モンロー主義＊を遵守する
上院(共和党多数)の反対で条約批准ができず、連盟には加盟しなかった。
＊米大統領ジェームス・モンロー(民主共和党)が1823年の演説で発表した「米大陸と欧州
大陸の相互不干渉」という方針。
その米国は、ドイツを主として欧州に対する債権者となり、鉱工業も大幅に発展した。
ここからは、米国が世界のリーダーになっていく。
また、米ドルが大量に欧州に流れ込んだことが、後の世界恐慌の原因になる。
中国は、大戦で欧州の影響が弱まったために国内の民族産業(織物など)が活発になり、
さらにロシア革命やウィルソン大統領の14カ条の宣言の影響もあって、帝国主義への反発
も強まった。
日本はこうした世界の変化に気づかず、従前どおりの大陸での政策を続けようとした。
しかも、日露戦争終了あたりまでは各国の反応などに注意を払っていたが、戦後は、すで
に見たように、そうした謙虚さも失い、自己中心的な政策を決定するようになってきた。
さらに、政府・軍参謀本部が大陸の軍隊をコントロールできなくなってきている。
また、社会主義の広まりに比例するように、いわゆる右翼の活動も活発になっていく。
1919年８月に
部ファシストの理論的指導者になっていく。
ところで、このころはちょうど、いわゆるスペイン風邪が猛威を振るっていた。1918年～
21年に、世界で少なくとも5000万人が死亡し、大戦の終結を早めた要因のひとつともいわ
れている。日本での死者も39万人とされている（当時の日本の人口は現在の半分ほど）。
COVID-19がこれほど強力なものに変異しないことを願うばかりである。
大戦景気～戦後不況
第１次大戦で欧州の商品が中国に届かなくなったところへ日本の品物が入り込むことが
でき、中国への生活物資だけでなく､日露協約によってロシアに武器を供給したり､米国か
らくず鉄を買って、それで船を作って欧米に売るなどで､日露戦争後の財政危機を一挙に
吹き飛ばすことができた（大戦景気）。
こうしたことで日本は世界第３位の海運国となり、"
戦争成金が多数現れた。
この景気は、実力によるものではない。従って、大戦が終わって欧米の商品がアジアに
戻ってくると、途端にまた、日本の産業・経済は苦しくなった（戦後不況）。
戦時中の好景気の中でも、物価の上昇ほど賃金は上がらず、庶民の生活は苦しく、貧富
の差が大きく開いた。
軍需産業等の工業の発達に伴い、農村から都市へ人口が移動し、都市での農産物の消費
量は増加したのに、農産物の収穫量は停滞ぎみになってきた。そのため、農産物の価格が
上昇し、米の高騰に苦しむ民衆が各地で米の安売りを要求して暴動を起こした(
米騒動の鎮圧に警察だけでなく軍隊までも出動させたので、事件の責任を取って、当時
の寺内内閣は総辞職し、1918年９月、原敬内閣が成立した。
この２か月後に第１次大戦は終わった。
大正デモクラシー・原敬首相刺殺
1890(明治23)年に第１回の衆議院議員総選挙が行われたときの参政権は、直接国税を年
間15円以上納めた25歳以上の男子に限られ、全人口の1.1％だけであった。その後、国民
の政治への関心が高まり、納税額や財産、身分によらない普通選挙の参政権を要求する運
動(普選運動)も盛んになり、選挙法改正案が何回か出された。
1919年の選挙法改正案に対して、原敬首相は時期尚早として反対し、選挙権を納税額３
円以上(国民の5.5％)とするにとどめた。
普選運動は盛り上がっていき、1920年２月には、東京で延べ７万５千人の普選デモが行
われた。しかし、国会では普通選挙法改正案の審議中に原首相は衆議院を解散し、５月の
総選挙では与党・政友会が絶対多数を獲得。
労働運動も盛んになった。
大正前半までは、１日12時間労働、賃金は雇主が自由に決めることができた。
都市の労働者は、賃金アップや労働時間の短縮などを求めて盛んにストライキなどを行
い、1919年には初めて、神戸の川崎造船所で１日８時間労働制が実施された。
1920年３月、株式が大暴落したとき(戦後恐慌)、原内閣は財界を救済する政策をとった。
一方、労働運動には厳しく対処した。同年の川崎・三菱両造船所職工３万人ストでは、軍
隊を出動させている。
５月には、第１回メーデーが上野公園で開かれた。
1921年になって、政友会の選挙資金が、満鉄による炭坑や造船会社の不当買収に絡む利
益から流れていたとか、日本の租借地・関東州(旅順・大連を含む遼東半島周辺)で
小売りを管理していた阿片局主事が、阿片を横流ししようとして警察に捕まるという事件
などが国会で追及されたが、政友会の絶対多数によって乗り切った。
しかし、こうした政財界の腐敗への民衆の不満はますます強くなり、９月に安田財閥の
創始者が刺殺され、ついに11月４日には、原首相が東京駅で、18歳の青年に刺殺された。
現職首相の暗殺は初めてである。
11月13日に高橋
大正時代には、女性(当時は婦人といった)解放運動も盛り上がっていた。地方では、
1880(明治13)前後から婦人参政権論議が始まっており、高知県
このころすでに認められていた。
全国レベルでは、1911(明治44)年に平塚
運動が盛んに進められていた。
＊青鞜とは「青い靴下」のことで、18世紀のイギリスで、サロンに集まって芸術や科学に
ついて論じ合った"新しい女性" たちが青い靴下をはいていたことから、新しいことを
する女性たちに嘲笑的につけられた名前。平塚雷鳥たちも、周りからの反応を予想して、
先手を打って自ら「青鞜」と名乗った。
また、部落解放運動も始まり、1922(大正11)年には全国水平社が結成された。
文芸活動も活発で、各種雑誌に多くの文芸作品が発表された。国語の教科書の定番、夏
目漱石の「こころ」は1914(大正３)年、芥川龍之介の「羅生門」は1915(大正４年)に発表
された。1000円札の野口英世も、
1922(大正11年)には、アインシュタインが来日している。
1924(大正13)年、第２東京市立中学校(現・東京都立上野高等学校)が開校。
1925(大正14)年にはラジオ放送も開始され、文化の大衆化が加速される。
このままいけば、男女平等の参政権もいずれは実現した可能性はあるし、労働者の権利
も確立していったとも思われる。
しかし、大正末期から昭和初期の10数年の間に、大きく進路変更していくのである。
ワシントン海軍軍縮会議(1921～22年)
第１次大戦で戦車や航空機が出現し、欧州全土が破壊し尽くされ、近代戦争の恐ろしさ
が身に染みて、欧州は、経済の立て直しのためだけではなく、軍縮の必要性を感じていた。
一方日本は、戦勝国の仲間に入り、しかも、直接の被害はなかったため、単に経済的な
理由でしか軍縮の必要性を感じていなかった。
国際連盟には米国が加盟していないので、軍縮については米国のハーティング大統領
(共和党)の提唱で別の国際会議で協議することになった。米国は、特に日本の中国・太平
洋への進出に脅威を感じていた。（この時点で、シベリアに日本だけが兵を残している。）
1921年11月12日（原首相が暗殺された１週間後）にワシントンで、米英仏伊蘭日、中華
民国(袁世凱亡き後の北京の軍閥政府)、ベルギー、ポルトガルの９カ国が参加して開会。
12月、米英仏日の４カ国で、太平洋の諸島の現状維持が約された(四カ国条約)。日本は
これ以上、太平洋へ進出できない。
ロシア＝ソヴィエトとドイツの講和によって日英同盟は不要になったので、四か国条約
と同時に解消された。
また、翌1922年２月に、中国の主権尊重・領土保全を確認する九カ国条約と、米英仏伊
日による海軍軍備の制限を定めた海軍軍縮制限条約が締結された。
九カ国条約では、日本は21カ条の要求で得た山東省における特殊権益を放棄し、石井・
ランシング協定も破棄された。
また、日本だけが撤兵していなかったシベリア出兵も、同年10月までに撤兵させること
が約束された。
軍縮条約では、５カ国の主力艦を米：英：日：仏：伊を5：5：3：1.67：1.67と決めら
れ、日本で進行中の増艦計画も中止せざるを得なくなった。
米国は、英国と並ぶ海軍国となり、1914年にはパナマ運河が開通したこともあって、将
来、太平洋で日本と対峙することを懸念していたので、四カ国条約とも合わせて、米国に
とって、日本が条約を守る限りは、日本の抑え込みは大成功ということである。
こうして、東アジア・太平洋における５大国のバランスを保持する国際秩序(ワシント
ン体制)がつくられた。
戦後恐慌～関東大震災～世界恐慌
日本では、戦後恐慌も回復しないうちに1923年９月１日、関東大震災が起こり、被災地
の企業の手形の多くが不渡りとなり、銀行の経営も悪化していった。
この翌年、本校は開校した。
1925年、日ソ基本条約が締結され、日ソの国交が回復。その影響で、国内でも共産主義
(私有財産や国体(つまり天皇制)の否定)が活発になることが危惧されたので、加藤高明内
閣(憲政会)は、私有財産や国体の否定を目的に結社を作ることを禁じる治安維持法を制定。
と同時に、普通選挙法(選挙権を、納税額を撤廃して25歳以上の男子全員)を制定した。
治安維持法と普通選挙法をセットで出すというのは当然、意図的なものだろう。
治安維持法はその後、量刑の引き上げや適用範囲が拡大解釈されるようになっていく。
1926年に発足した
議中に、片岡直治大蔵大臣(現在でいう財務大臣)がうっかり「東京渡辺銀行が破綻した」
と失言したため、預金者が殺到、取り付け騒ぎとなり、他の銀行にも波及して銀行が次々
に休業する金融恐慌となった。この対応策がうまくいかず(＊)、後述する中国での南京事
件の責任も問われ、若槻内閣は倒れ、田中義一内閣(立憲政友会)になる。
＊それ以前から憲政会，政友会，政友本党は、政策論議ではなく、収賄やら不手際やら、
スキャンダルの追及で泥仕合を演じていた。
好景気の米国では、消費が頭打ちになってきたので、1927年に利下げを行った。すると、
企業の株価が上昇し、欧州等に大量に投入された資金が米国に戻り始めた。その結果、欧
州等の資金繰りが悪化して、米国からその方面への輸出が停滞し、そのため、投資家の不
安が爆発して、1929年10月24日、株価が大暴落して世界恐慌が始まった。
日本においてこれらの恐慌では、大企業は何とか生き延びたが中小企業のうち、特に銀
行の融資が多いところは次々に潰れ、かえって銀行の影響を受けにくい零細な会社が残る
という、大と弱小の２極化が進んだ。これで、一部の大企業が資本を独占するという構図
がより顕著になった。
袁世凱後の中国国内の抗争と日本の動き
1916年に袁世凱が病死した後、蒋介石の国民政府(南京)によってほぼ統一されるまでの
12年余りの間、中国国内は軍閥や民族どうしなどの混戦状態が続いた。
その主な勢力として、広東軍政府(孫文・蒋介石)、北京・袁世凱の北洋軍閥のうち
派(
その中で日本は、安徽派と奉天派に加担した。直隷派の呉は英米系である。
1921年、中国共産党が成立して（当初の党員57名のうちの一人は毛沢東）、各地でスト
ライキなどの労働運動を指導しながらその影響を広げていく。
中国内は、軍閥間だけでなく、親共・反共の対立が入り込み、そこへ欧米日ソもが絡ん
でいくのである。
広東の孫文は、旧軍閥と手を切り、五・四運動(1919年)で盛りあがってきた民衆の運動
の側に立ち、1923年には、蒋介石をソ連に留学させ、ソ連からは広東の政治顧問や軍事顧
問を招いた。
1922年４月、第１次奉直戦争が起こり、張作霖は北京での勢力を失った。このとき関東
軍(満州の日本陸軍)は、満州を守るために奉天の張作霖を援護しようとしたが、高橋是清
内閣は不干渉主義をとって軍部を厳しく非難、軍部も、シベリア撤兵が間近であることや
軍縮機運で、おとなしくせざるを得なかった。
国共合作
1924年１月、孫文の主導で、民族統一・反帝国主義を共通理念として、第１次国共合作
が成立。英国は軍閥側に付いて共産主義を弾圧し、しばしば流血の騒ぎにもなった。
同年９月、第２次奉直戦争が起こる。これは、直隷派が安徽派に戦争を仕掛けたのが発
端だが、張作霖が第１次のリベンジとばかりに安徽派に加担し、奉・直間の戦争となった。
初めは直隷派が優勢で、英米系の呉が満州まで入ってきそうな情勢であった。これは日本
にとっては一大事ということで、当時の第１次加藤高明首相は張の援護に賛成したが、
を説得して呉佩俘を裏切らせるという工作をして形勢逆転、呉は天津に逃亡し、張作霖は
北京の実権を握る。
幣原は軍の陰謀は知らず、純粋に馮のクーデターだと信じていた。
陸軍・関東軍はこの成功体験により、この後も機会あるごとに日本政府も知らぬ間に中
国で陰謀を繰り返していくようになり、政府もそれに引きずられるようになる。
1925年初頭に孫文が死ぬと、広東政府は汪兆銘が主流となったが、蒋介石は軍をしっか
り掌握して力を持ち始めた。
蒋介石の北伐～南京事件(1927年３月)
1926年になると、蒋介石は中国の統一を目指して北伐(安徽派・直隷派・奉天派を討伐)
の主張を強め、７月から国民革命軍総司令として行動を開始した。軍の士気は上がり、中
共党員も軍に先立って各地の農民や労働者の組織固めをし、北伐は順調に進み、12月には、
首都を漢口に移し武漢政府(汪兆銘)が成立したが、武漢は中共の活動が大変活発なので、
蒋は武漢には入らなかった。
日本では、12月25日から昭和に移った。
翌1927年３月、蒋は上海・南京に到達。
南京には英米独日の領事館があったので、反帝国主義を掲げる国民革命軍による攻撃を
予期して、英米は日本に共同出兵を提案したが、平和外交方針の幣原喜重郎外相はその提
案を拒否した。その政策に合わせて日本の領事館も、中国を刺激しないようにと、入り口
の土嚢を撤去して武器は隠し、軍服ではなく平服でいるようにした。
国民革命軍の武装兵士は日本領事館に乱入し、備品など手当たり次第に略奪した。その
あと中国人の群衆が押し寄せ、着ている衣服や装飾品など文字通り身ぐるみ全てを奪い去っ
た。英国領事館や市中のホテルなどにいた外国人も被害にあった。(南京事件)
南京の北側を流れる
艦からは市街に向けて砲撃をしたが、日本の駆逐艦は政府の方針に従い、その場から離れ
ていった。
英国は対華強硬策で、南京事件の責任者に謝罪を要求するための最後通牒を突きつけよ
うとした。日本の政友会や軍部などもそれに賛成して共同出兵するよう政府に迫ったが、
幣原外相は、いずれは蒋が中国を統一して中共を追い出してくれるだろうから、そこへわ
ざわざ日本が巻き込まれに行く必要はないという予見と「平和外交」を理由に聞き入れな
かった。幣原は、米英にも説得を試みていた。
結局、この南京事件の責任と、前述の金融恐慌もあって、若槻内閣は４月17日に倒れ、
田中義一が外相を兼任する田中内閣が成立した。田中は長州閥・陸軍の元軍人で、政治に
はほとんど素人であった。それを強力に補佐するのが、対華強硬派の
ある。
国共分離～山東出兵・東方会議
さて、1927年４月、上海では、労働者が武装蜂起してストを打つなどして臨時政府をつ
くったので、蒋は共産党員に大弾圧を加え(上海クーデター，４・１２クーデター)、南京
国民政府を建てた（国共分離）。このあと1937年まで、中国内は、国民党と共産党の間で
内戦状態(第１次国共内戦)が続く。
南京政府ができて、国民軍の前線が徐州まで来ると田中内閣は、山東省の日本人を守る
ため、５月28日、旅順から２千の兵士を青島に向かわせた(第１次山東出兵)。
米英仏も天津方面の兵を増強したが、このころから、米英仏は日本の行動に疑いをもつ
ようになり、"援蒋排日" の動きが出始める。
山東出兵の直後、田中首相は、森恪など国内の官僚幹部や奉天総領事・吉田茂(太平洋
戦争後の首相)などの外交官、陸海軍の事務次官等２０数名を集めて東方会議を開いた
(1927年６月27日～７月７日)。
この会議で田中は、対華政策として訓示(＊)した。その内容は、ギュッと要約すると、
「対支政策の根幹は、支那本土と満蒙とはおのずから趣を異にせねばならない」として、
▼中国の安定は中国民の努力に期待。▼穏やかなる全国統一に向かうのを待つ。▼ただし、
日本の権利・在留邦人の生命財産が不法に侵害されるときは、断固として自衛する。▼満
蒙に動乱が起こって、そこにおける日本の権利が侵害される恐れがあるときは、機を逸せ
ずして適当の処置に出る覚悟である。
ここで、支那(中国)と満蒙が別のものと認識されている点に注目である。
＊この訓示と、偽文書「田中メモランダム」は別物。後者は日本の中国侵略の "証拠" と
して出所不明のまま世界中に拡散した謎の文書。日本語版は見つかっていない。戦後の
極東裁判に日本の侵略性の証拠として提出されたが、偽物と認定された。
南京・新国民政府樹立～蒋・田中会談
南京政府を建てた後、蒋は反共の立場を明確にして武漢政府を否定、英米日の駆逐艦も
長江から武漢をにらみ、汪兆銘も右傾化し、1927年７月には共産党は武漢を退去、９月に
武漢と南京政府を合体し、新国民政府が南京に成立した。そして、合体の条件として、蒋
は軍総司令を辞職し、北伐は一旦停止する。
辞職した蒋は日本へ来て、神戸で療養中の、
可をもらった。
美鈴は宗家三姉妹の三女で、ひとつ上の姉・
(のちの国民政府の行政院長)の妻、また、兄・
経済学博士号を取り、ニューヨークの銀行員を経て、孫文に招かれ広東中央銀行長や政府
の財政を担当し、国内の財閥とのつながりもあった。
蒋はまた、山東出兵をした田中首相とも会談をした。蒋は田中に、反共の立場から国民
党と組んで中日合作を願い出たのに対して、田中は、北伐を焦らず、まず長江以南を固め
ることを勧め、結局、ものわかれとなった。
もしここで、田中が、在留邦人の安全と権利を保証するなら、など条件付きででも蒋の
提案に乗って日中合作が実現していたら．．．というタラレバも興味深い。
蒋は11月に帰国、宗美麗と結婚し、美麗の勧めでキリスト教に入信した。
第２次北伐～済南事変～ "満州某重大事件" ～南京国民政府中国統一
1928年１月、蒋は国民革命軍総司令に復帰し、３月31日に第２次北伐を開始した。
日本は再び山東省の増兵が必要と思われたが、田中首相は、北京の張作霖を満州に退か
せて、北京までを国民政府に統一させた方がよいと考え（東方会議の訓示でも穏やかな統
一を望んでいる）、山東増兵をためらった。
しかし、森恪が強く増兵を主張、また、野党が強く増兵に反対したことが田中の野党へ
の対抗心を刺激して、田中を強硬論に傾かせ、４月19日に青島の西にある
めた(第２次山東出兵)。国民軍との間で小競り合いがったが、国民軍は５月に済南を撤退
して北京に向かった。
この小競り合いでの日本人の犠牲者は12名だが、一方、日本軍は国民軍から派遣された
特派交渉員を殺害してしまった(済南事件)。外交上はこちらの方が問題である。
この事件について日本国内では、日本側の被害だけが知らされた。私は、田中首相にも
それだけの情報しか上がっていなかったのではないだろうか、という疑いをもっているが、
現段階で私は確認できていない。
ともかく、田中は５月９日と10日、すでに国民軍がいなくなった済南に大砲撃を加えて、
市民3,400名を死亡させ、済南を壊滅状態にして、11日、日本軍は済南全域を占領したの
である(済南事変)。
この日本軍の行動は世界中に知れ渡り、蒋介石は、とくに米国と組んで排日政策を強化
するようになるのである。
さて、蒋介石の北伐軍は、北京に迫ってきた。張作霖が北京で北伐軍と戦いながら満州
へ退いてくることになると、そのまま北伐軍を満州に引き入れることになりかねないので、
田中は、張を説得して前もって満州・奉天に退かせることにした。
田中は張を温存し、操って満州を経営しようと考えていたが、関東軍は張を信用してい
なかった。それは、張が北京に入った後の日本に対する態度の変化や、満鉄の平行線の敷
設で満鉄の収入が激減したりしたからである。
関東軍は、早い時期から張を亡き者とする考えでいたという。そこへ出てきた張の奉天
への引き上げである。1928年６月４日、張が列車で奉天に向かっているところを、関東軍
は本国政府の方針を無視して、列車ごと爆殺したのである。そして、浮浪者を北伐軍兵に
仕立てて現場に遺体を転がしておくという細工まで施したのである。
６月に北伐軍が北京に入城したところで北伐は終了。10月８日、蒋介石が中国国民政府
主席に就任した。そして、蒋介石は、列強との不平等条約の破棄を宣言、日本との日清通
商条約も破棄された。
ひとまず、南京政府の中国統一が完成したが、軍閥や中共などとの紛争や砲撃戦があり、
国内は決して安定してはいなかった。
爆殺事件について、日本では、10月には白川義則陸相も日本軍の仕業であることを認め、
田中は関係者を軍法会議にかけて厳重処分すると天皇に上奏した。すると、陸軍の恥を天
下に晒すことになるとして、陸軍から大反対にあった。
陸相も下からの突き上げに負けて、首相に反対を申し出たので、田中は結局、報道規制
をかけて「満州某重大事件」として内容を報道させないことにした。
暮れの議会での追及では、あまり陸軍を突っつくと、次に政権をとったときにひどい仕
打ちに合いそうだということで、結局、野党の追及も曖昧のまま終わってしまった。
思想弾圧～田中義一～浜口雄幸
1928年２月、３年前に改正された普通選挙法に基づく初めての総選挙が行われた。
そのとき、田中は左派政党を徹底的に弾圧した。選挙後も、３年前に同時に制定された
治安維持法を初めて適用して、社会主義者1600名を一斉検挙(３・１５事件)、残虐な拷問
が繰り返された。
東大・京大・九大の左派思想の大学教授も追放された。
６月には、治安維持法の最高刑を死刑に引き上げた。（議会では否決されたが緊急勅令
(枢密院の可決)で実施。）
７月には特高警察(＊)を全国に配置。（これまでは大都市のみ）
＊特別高等警察。反天皇制の行動・言論・思想を専門に取り締まる、警察の一部門。1911
年に警視庁に初めて設置。その後、大都市の警察内につくられていった。
翌1929年、議会で治安維持法改正の事後承認(＊)が行われたが、そこでただ一人反対し
た山本
＊緊急勅令による法律は、後に議会の承認が必要。
そして４月に、800名あまりの社会主義者が検挙された。(４・１６事件)
６月、張作霖爆殺の関係者の処分を降格などの行政処分とすることにして、それを天皇
に上奏すると、天皇は、軍法会議にかけるという前の約束と違うと田中首相を責めた。
田中は６月28日、首相を辞任、田中内閣は倒れ、７月３日、浜口
立した。外相には幣原が再任された。
ロンドン軍縮会議(1930年１月21日～４月22日)
ワシントン海軍軍縮条約の更新と、主力艦だけでなく巡洋艦や潜水艦などの補助艦の制
限についても話し合うため、英国のマクドナルド首相の呼びかけでロンドンで軍縮会議が
開かれた。参加国は英米仏伊日の５カ国。ただし、仏伊は途中で抜けた。
ここで、主力艦の製造停止期間を1936年まで延長すること、補助艦は、米：英：日を
10：10：6.97と決められ、４月22日、条約に調印。日本は対米比率に不満であった。
軍縮条約調印は、国際社会や日本国内の財界や一般国民からは歓迎されたが、軍部は、
軟弱外交・統帥権干犯問題(＊)として政府を激しく非難した。
＊統帥権＝軍隊の最高指揮権で明治憲法では天皇の大権とされている。したがって、ロン
ドン条約で勝手に軍備の規制に調印したのは天皇の大権を犯す(干犯)ということになる。
しかし、10月１日に枢密院は、ロンドン条約を無条件で承認した。
この年、愛国社(1875年に板垣退助が創設した愛国社とは別)や桜
た右翼政治団体もできた。特に桜会は、陸軍中佐・橋本
つくった団体で、この先の日本の進路に大きな影響を与えることになる。
この
11月14日、軍縮に積極的であった浜口首相は東京駅で、愛国社の青年に狙撃され重傷を
負い、幣原外相が首相代理となった。これも軍にとっては不満である。
このころ関東軍の参謀になった板垣征四郎の部下の石原
「世界最終戦」は避けられないと信じ、そのためには、満蒙を確保しておく必要があると
考え、満蒙占領計画、対ソ防衛策を練っていた。満蒙の占領は、日本の資本家・支配階級も望んでいた。軍
部は、幣原外交のような生ぬるい方法では無理だと考えていた。
中国では12月、蒋介石が第１次討共戦を開始。翌年３月に第２次討共戦に入る。
1930年の年末の国会では、民政党内の派閥の対立や、それに乗じて政友会が、幣原が与
党・民政党外の人間であることを攻撃するなど、不況にもかかわらず政策の議論ではなく、
このようなことで国会は時間を費やしていた。
また、1931年になって、ロンドン条約について追及されると幣原は「(枢密院が批准し
ているのだから)これは天皇もご批准になっているので国防上問題ない」という発言をし
たものだから、今度は「天皇に責任を転嫁するもの」と噛みつかれ、国会は１週間、乱闘
が続く事態となった。
それを見かねた療養中の浜口首相は、３月10日に登院して幣原を代理から解任したが、
体内に銃弾が残っている浜口のヨロヨロの姿は、かえって野党からの辞任要求を強め、４
月13日に辞任。その後は若槻礼次郎第２次内閣が成立した。外相は幣原が続投した。浜口
は８月に亡くなる。
浜口辞任前の国会がグダグダの３月、桜会が中心になって、大川周明(＊)も加わったクー
デター計画が発覚。（３月事件）
＊1919年に猶存社設立を企画した人物。
これは、民間の右翼や労働組合等も動員して国会へ１万人のデモをかけ、同時に政友会・
民政党両本部と首相官邸を爆破し、そこで軍を緊急出動させて陸軍代表が議場に入り、幣
原首相代理内閣の退陣を迫って宇垣
しかし、理由は定かではないが、陸軍内のいろいろ思惑もあったようで、これは中止さ
れた。だが、軍内部にクーデターによる国家改造を目指す勢力のあることがはっきりした。
満州事変(1931年)
満州と朝鮮の国境付近では、朝鮮人の農民と中国人の地主の間でしばしばトラブルが起
こり、中国と朝鮮(実質は日本)の警察が出動するなどして、そのたびに関東軍が動こうと
したが、幣原に止められた。
関東軍が動き出すきっかけになるようなことがいくつか続いて1931年９月18日、関東軍
は行動に出た。
関東軍の高級参謀の板垣征四郎大佐と石原莞爾中佐による謀略として、奉天の北にある
柳条湖の付近で、満州鉄道の線路を少しだけ爆破して、それを張学良らの犯行と見せかけ
た事件を起こした。（満州事変の始まり）
翌朝の閣議では、幣原外交の方針だけでなく、陸軍中央も準備不足やソ連を刺激するな
ということで、戦闘の不拡大を決めた。
しかし、現地ではドンドン作戦は進められ、満鉄沿線の各町を占領していった。結局、
政府も軍中央も押し切られ、戦費の支出までも認めることとなった。
蒋介石はこのとき、中共軍と戦闘中であったし(第２次討共戦)、張学良も勝てる見込み
がもてず部隊に無抵抗を指示して、ただ、国際連盟に訴えるだけであった。
10月には、国際連盟理事会は、日本の行動が九カ国条約に違反するとして、満州撤兵勧
告案を可決した。
国内では、またもや桜会を中心に、３月事件よりも大掛かりな、首相の暗殺も含むクー
デター未遂事件が起こっていた（10月事件）。未遂だったが、これ以降、一層、政治の力
にブレーキがかかったことは否めない。
関東軍は、旧清国の皇帝・
独立した国にする構想を練っていた。
政府・軍中央の抑えもきかなくなって関東軍はイケイケの調子で、11月には、北はチチ
ハルまで行き、奉天の南側は、張学良の拠点で英国の利権が絡む
しまったのだが、これには米国も抗議してきて、関東軍は仕方なく撤退した。もちろん、
これまで比較的日本に理解を示してきた英国も、反日に舵を切った。
国際連盟で満州事変の調査をすることになり、リットン調査団が編成される。
若槻内閣は12月11日に総辞職し、幣原外交も終わり、13日に
1932年１月、関東軍は再び錦州を占領した。そして、満州国建設の方針が、陸軍・海軍・
外務３省の協定で決められた。
上海で、中国人が日本人僧侶を襲い、１名が死亡するいう事件が起こった。そして、１
月28日、日本の部隊と中国の部隊の間で戦闘が始まった。（上海事変）
実は、これは、満州独立の政治工作をする間、諸外国の目を満州からそらすための、関
東軍の陰謀によるものだった。
２月９日、右翼の
殺する。（血盟団事件）
２月29日、リットン調査団が東京へ来て、その後、６月まで現地で調査する。
３月１日、満州国建国を宣言。
３月５日、再び右翼の血盟団が、財閥・三井の総帥の
このように右翼の財界へのテロが続いた。そして．．．
５・１５事件～満州国承認～国際連盟脱退
1932(昭和７)年５月15日(日)の夕方、海軍・陸軍の軍人11名が首相官邸に押し入り、犬
養首相を射殺。
しかし、このあと、誰がどうするのかという具体策は考えられていなかった。
動機としては、ロンドン海軍軍縮条約調印に対する海軍の不満だけでなく、経済的行き
詰まりの中での財閥の成長、政党政治の腐敗を正す、ということもあったろう。
５・１５事件は「日本の政党政治の終わり」というキーワードで語られる。
５月26日、斉藤
７月30日、ドイツでヒトラー率いるナチスが第１党になる。
９月15日、日本政府は満州国を承認し、日満議定書に調印する。
９月30日、リットン報告書が国際連盟に送付される。
内容は、満州国を認めず、中国の一部として自治権を認める等、日本の主張に反するも
のであった。
11月21日、国際連盟で松岡
1933年１月30日、ドイツでヒトラー内閣が成立する。直後の総選挙でナチス党が過半数
を占め、国会で全権委任法案を成立させ、ヒトラーは総統になり、ワイマール憲法は事実
上停止、ドイツ共和国は消滅する。
ヒトラーは、決してクーデターなどで政権を取ったのではなく、民主的手続きによって
総統になった。その点が、日本とドイツの戦争責任の考え方が違う原因であると思う。日
本は、政治には国民は責任がないという感覚が、今でもあるのではないだろうか？
３月４日、フランクリン・ルーズベルト(民主党)、第37代米大統領に就任。
３月28日、日本、国際連盟を脱退。
５月31日、
万里の長城以南に非武装地帯を設定し、柳条湖事件以来の国民政府との戦闘が停止。
10月、ドイツ、ベルサイユ条約を破棄し、国際連盟を脱退する。
1934年10月１日、陸軍省、「国防の本儀と
をもとにしたようで、陸軍主導による社会主義国家・計画経済を目指すとしたもので、左
派の一部からも賛同を得た。皇道派＊も異論は唱えなかった。
＊当時の陸軍は大きく２つの派閥，統制派と皇道派に分かれ主導権争いをしていた。統制
派は、軍の統制を維持し、合法的に国家改造をしようとする、中堅将校を中心とするグ
ループ。皇道派は、クーデターによって政党政治を排し、天皇が統帥する軍による政治
体制を目指す、若手将校中心のグループ。両者とも天皇による親政を望んでいた点は同
じ。
ワシントン軍縮条約破棄
12月９日、第２次ロンドン海軍軍縮会議が開かれる。1930年の軍縮条約の改正が目的。
12月29日、日本はワシントン海軍軍縮条約を破棄。
会議に先立ち、10月にロンドンで開かれた軍縮会議の予備交渉に、日本からは山本
遣された。
日本としては、軍艦の数を、米：英：日＝5：5：3 とするワシントン条約の不平等を解
消することが目的だったが、米英は譲歩しない。山本は「多少不平等でも条約を維持させ
てほしい」と本国に打診するが、結局、日本政府(岡田啓介(海軍大将)内閣・広田弘毅外
相)は２カ月で交渉を打ち切り、ワシントン条約の破棄を決定する。
山本の考えは、「条約は日本が３に縛られているのではない。米英を５に縛っているの
だ。条約が消え、無制限の建艦競争が始まれば、国力の差から５対３どころか、10対１に
引き離される。」というものだったが、軍部や政府の誰もが理解できなかったのである。
このころ、米国の鉄鋼の生産量は日本の20倍であった。
1935年６月、梅津・
された。
これは、華北(満州の南西に広がる河北・察哈爾・12月８日、
大本教は、その教義の中に、大本教の本部が神の命令を受けて政務を天皇に与え、天皇がそれに従って政治を行うという部分があり、そこがダメだとなった。本部もダイナマイトで徹底的に破壊された。
1936年１月、政府は、報道規制を行うため、全国の日刊新聞社とNHKによって同盟通信
社を設立。
１月15日、日本、ロンドン海軍軍縮会議を脱退。
２月21日、天皇機関説(憲法の解釈で、統治権は国家にあって、天皇はその
て国家の最高機関であるという説)を唱えた美濃部達吉が、右翼に襲われ負傷。
２・２６事件(1936年)
1936(昭和11)年２月26日午前５時頃、夜半から降った30年ぶりの大雪の積もる中、陸軍・
皇道派の青年将校らと約1400名の兵が、首相や大蔵大臣などの官邸や私邸、警視庁、陸軍
省、参謀本部、官庁、朝日・報知・国民・東京
う大事件が起こった。
岡田啓介首相はうまく隠れることができたが、海軍大将の斎藤
大臣、渡辺
元海軍大将の鈴木貫太郎侍従長は重傷。鈴木は、９年後、終戦処理のための首相になる。
午前９時までには、国会議事堂を中心とする官庁のほとんどが占拠された。
新聞社は、「蹶起(けっき)趣意書」を新聞に掲載することを強要された。（蹶起＝決起）
「蹶起趣意書」には、「天皇をトップとする神の国で、いずれ
が国を破壊しようとする元凶は、
ける統帥権干犯や天皇機関説を唱えた学者、共産主義者、大本教団は最も著しい事例で、
その罪悪は流血憤怒である。」というようなことが書かれていた。
岡田、斎藤、鈴木の３人の大将をやられてしまった海軍は憤激し、翌日午後には40隻ほ
どの軍艦が御台場沖に集結、東京に向けて艦砲射撃の態勢に入った。首都東京での内戦の
一歩手前の状態である。
天皇は、26日のうちに「
て鎮定にあたろう」と言われたが、もう少し反乱軍を説得しようということで、28日朝５
時過ぎ、反乱軍は直ちに所属部隊に帰還せよという
れた命令)が出されたが、反乱軍内は、帰順か抵抗かでまだもめていた。
この日、岡田首相は辞表を提出。
29日朝、包囲軍が戦車を配備して「今カラデモ遅クナイカラ原隊ヘ帰レ。抵抗スルモノ
ハ全部逆賊デアルカラ射殺スル。オ前達ノ父母兄弟ハ国賊トナルノデ皆泣イテオルゾ」と
いうビラをまき、ようやく続々と投降し始めた。「今からでも遅くない」はその後、流行
語にもなった。
この若い将校たちは、天皇は自分たちのことを理解してくださると思ったのかも知れな
いが、それは大きな勘違いであった。全く逆に国賊呼ばわりされてしまった。
３月７日、ドイツ軍、ラインラント進駐。
陸軍の政府操縦
３月９日、広田弘毅(こうき)内閣成立。
２・２６のような事件が起こったのは政財界の腐敗が原因であるとして、陸軍は組閣に
強く干渉し、広田も折れて陸軍(統制派)の気に入らない閣僚をほとんど排除し、陸軍の意
向に沿った政治が行われる体制が整っていく。
さらに、軍部大臣現役制が復活した。これは、予備役に退いた軍人では軍内部の統率力
が弱く、今回のようなことが抑えられないだろうという反省からであるが、現役に限ると
軍の意向に沿った大臣を送り込むことができ、軍主導の内閣が作りやすくなるという狙い
がある。軍が大臣を出さなければ内閣は不成立となるのである。
３月24日、内務省、メーデー禁止を通達。
５月９日、イタリア、エチオピアを併合。
５月15日、支那駐屯軍(＊)を中国政府の了解なしに2,000から5,000に増強。これ以降、
しばしば小競り合いが発生した。
日本側の狙いは、関東軍を華北政策から切り離して対ソ防衛の準備に専念させるためで、
その分、華北対策向けに増兵するということであった。
＊1900年の義和団事件(北清事変)で清が駐留を認めて、日本が設置した部隊。
７月５日、特設軍法会議において、首相官邸襲撃を指揮した大尉ら７名に死刑が言い渡
され、１週間後に執行された。その他も重い刑が言い渡された。
８月７日、首相・陸相・海相・外相・蔵相の五相会議で「国策の基準」決定。８月11日
に閣議決定。そこには「帝国の根本国策は、東亜大陸における帝国の地歩を確保すると共
に南方海洋に進出発展すること」とある。
南方海洋とは、かつてドイツが領有していた太平洋の島々のことで、陸地のインドシナ
方面については、４年後に決まる。
そして、「満州国の健全なる発達」「ソ連脅威の除去」「米英に備えて日満支三国の緊
密なる提携」で、「列国との友好関係に留意す」としている。
11月３日、F.ルーズベルト、米大統領、２期目に再選。
11月25日、日独防共協定締結。（１年後にイタリアが参加） 12月１日、永野
暴走する陸軍に対して海軍は危機感を強めていた。海軍は対米戦は避けたいのである。
なぜなら、対米戦の舞台は太平洋なので、海軍が矢面に立たされるからである。
また、明治時代、海軍は英国海軍を手本としたことから、親英米派である。
一方陸軍は、明治以来ドイツびいきだった。
さて、山本が海軍省に来たとき、欧州で急速に勢力を延ばしているドイツ、イタリアと
同盟を結ぼうとする動きが活発になってきた。
第２次国共合作～近衛文麿
12月12日、親ソ・抗日を唱える張学良が、反共の蒋介石を逮捕する。（
12月25日、蒋は第２次国共合作を認め、国民党による討共戦を停止し、蒋は解放された。
蒋救出には、宗子文や宋美齢が内戦停止を呼びかけ、張学良の顧問をしたことのある米
国人とともに西安まで出向いている。
国共停戦で、広田内閣の対中政策(防共親日満地帯の建設)が完全に行き詰る。
そして、国家予算の増加分が殆ど軍事費増加分になっていることなどに不満の国民や政
党と、議会解散を要求する陸軍(寺内
月、広田内閣は総辞職した。
＊陸相と政友党代議士の質疑応答で言葉尻をとらえて行われた「割腹問答」と言われる、
自分の意見に対する覚悟の度合いについての言い合い。
この後、宇垣一成が組閣しようとしたが、宇垣は三月事件の首謀者であるとか、政界上
層部や既成政党・財閥との関係が深いので革新政治を目指すのに不都合だということで、
陸軍は宇垣はダメだといって陸軍から大臣が出ず、組閣は４日で断念。
次は、陸軍中堅層の推す林銑十郎・陸軍大将が首相に指名され、何とか内閣成立。
林内閣には政党からは一人も大臣は出ておらず、軍と財界の傀儡政権といわれて非常に
不評だった。
林は1937年度予算を通過させると、３月31日に突然、衆議院を解散した。林はこのあと、
親軍的な新党結成を試みるがうまくいかず、結局、総選挙ではいつも通りの既成政党が議
席を占める結果となった。林内閣は５月末に総辞職した。
そして６月、
近衛は、「持てる国」と「持たざる国」の対立、民族間の不公平を是正するために大陸
政策は必要である、と考えていた。
盧溝橋事件(1937年)
1937年７月７日夜、北京西方の盧溝橋の近くで支那駐屯軍の演習中に、何者かの発砲が
あったのをきっかけに、日本軍と中国軍の全面的な戦闘に発展した。
事件直後は、軍も政府も不拡大の方針を決めると同時に、中国軍が一方的に攻撃してき
た場合の動員計画も立てていた。
計画を立てると、それがそのまま実行に移されていくという傾向が出てきていた。
また、勝手な解釈もなされた。たとえば、「不拡大」というのは地域のことだから、地
域を限って行動するのはいいだろうという感じである。しかし、その理屈に異論を唱え
(られ)る者はいなかった。
７月11日に現地で停戦協定が結ばれたが、同時に、参謀本部は関東軍と朝鮮軍に華北へ
の出動を命じた。そして、政府はさらに、内地(日本本土)の師団も派兵すると決定して、
「派兵声明」を発したのである。
一方の蒋介石は、「盧溝橋の保全は全国民の存亡にかかわる。戦いが始まれば、いかな
る犠牲を払っても最後まで戦わなければならない。」と国民に奮起を求めた。また、いく
つか点在する中共政府を承認して、抗日統一戦線結成に向けて動き出した。
日本は、全面戦争になるとは思っていなかった。外務・陸軍・海軍３相は、日華停戦の
条件を決定した。それは、戦闘を華北地域に限定し、内蒙古・察哈爾省の
を見届けたのちに日本軍も事変以前の規模まで撤退する。そして、梅津・何応欽協定，土
肥原・秦徳純協定を解消して、非武装地域の南京政府による行政を認めるというものであっ
た。
外務省は、中国側から停戦を言い出させてこの条件を飲ますための工作を指示した。つ
まり、中国に一撃を加えよというわけである。一撃でダメなら、また一撃と、中国が降参
するまで続けるということである。
そして政府は８月、「南京政府の反省を促すため」不拡大方針を撤回した。中国軍と戦
いながら進めば南へ進むことになる。
そのころ、政府では、宣戦布告すべきではないかという意見も出たが、そうすると米国
は中立法を発動して、日本への輸出を禁止してしまうだろうとして、意図的に "宣戦なき
戦争" を続けることにした。
したがって当時は、「戦争」とは言わなかった。当初は「北支事変」、そして、拡大し
てきたところで「支那事変」と言っていた。私が高校のときも、まだ「日中戦争」という
言葉は世間でも教科書でも見られなかった。
10月、「国民精神総動員運動」が始まり、日常生活での贅沢を排除していく。「パーマ
ネントはやめましょう」とか、「日の丸弁当(白いご飯の真ん中に梅干し１個だけの弁当)」
がもてはやされた。
国民政府を対手とせず
11月２日、広田弘毅外相、ディルクセン独駐日大使に日華和平条約案を提示。
日本の条件は、次のようなものだった：
１．内蒙古に自治政府を立てる。
２．満州国国境から天津・北京にわたる間に非武装地帯を設定し、その行政権は南京政府
にある。
３．上海の停戦地帯を拡大し、国際警察隊で管理する。
４．抗日政策の廃止。
５．共同防共。
６．日本商品に対する関税の引き下げ。等…
これは、トラウトマン駐華独大使から蒋介石に伝えられたので、「トラウトマン和平工
作」と言われている。
12月２日、蒋介石は、日本の条件受け入れをトラウトマンに回答。
ただし、河北(北京)に対する中国の宗主権・領土保全権・行政権の確保と、ドイツが講
和の調停者となることを希望した。
しかしこの１ヶ月の間、日本軍は上海地区を占領、現地からは南京進撃を求める意見が
次々と上申されるようになり、さらに、首都南京を占領すれば蒋介石は屈服するかも知れ
ないし、屈服しないまでも、首都を失い一地方政権に過ぎなくなる蒋と和平交渉する必要
などなくなるという関東軍の主張が高まってきていた。それで、蒋の受け入れ回答の前日
に、軍参謀本部は「敵国首都南京を攻略すべし」と、政府との協議もなしに命令を発して
しまっていた。
近衛首相らは、この行動は交渉を妨害するものであると憤慨したが、その後の戦果の拡
大に伴い、蒋が受け入れに条件をつけたことについて「敗者としての言辞無礼なり」とい
うまでに考えが変わっており、先の条件に賠償の支払いなどを上乗せすることにした。
この上乗せには、25年前の対華21カ条の要求の第５号に相通じるものを私は感じる。
結局、軍事行動が先行して、それに政治が引きずられる構図ができ上がっていく。
蒋介石の国民政府は、重慶に遷都する。
12月13日、南京陥落。
1938年１月16日、近衛首相「国民政府を
したトラウトマン和平工作打ち切りを通告。
３月13日、ドイツ、オーストリアを併合。
３月24日、国家総動員法成立。
11月３日、近衛首相「東亜新秩序」を発表。中国に親日的な政府の出現を促す。
12月５日、汪兆銘、重慶を脱出。
日本の協力を得ながら広東・広西に汪兆銘による新政権の基盤を作る計画であった。
12月22日、近衛首相、「近衛三原則」発表。
これは「善隣友好、共同防共、経済提携」というもので、汪との和平を狙ったもの。
しかし、国民政府から汪についてくるものが殆どおらず、逆に、蒋介石のほうから除名
処分を受けてしまう。
1939年１月４日、近衛首相は、時局の行き詰まりを感じ、内閣総辞職。
１年半で 平沼 → 阿部 → 米内 → 近衛
１月５日、平沼騏一郎(きいちろう)内閣が成立。
５月11日、ノモンハン事件。
これは、満州と外蒙古・モンゴル人民共和国(ソ連の衛星国)の国境をめぐる日ソの争い。
ソ連の戦車などの圧倒的物量に日本は苦戦を強いられる。
８月23日、独ソ不可侵条約締結。
これで、三国同盟構想は立ち消えになる。
ノモンハン事件で日本劣勢、三国同盟締結の失敗で陸軍は自粛ムードになる。
８月28日、平沼内閣、対欧政策の責任をとって総辞職。
８月30日、阿部信行(陸軍大将)内閣発足。
阿部組閣に、天皇は、①陸軍大臣は畑俊六、梅津の中から選ぶ、②外交方針は英米と協
調の方針をとる、③治安維持が重要だから内相、司法相の人選を慎重にする、という、異
例なことだが条件をつけた。
９月１日、山本五十六は、三国条約不成立を見届けて海軍次官を辞任。
山本は、勇退前のお定まりのポストといわれていた、任期２年の役職である連合艦隊指
令長官の任を引き受ける。連合艦隊は、のちに真珠湾攻撃を実行することになる。
同日、ドイツがポーランドに侵攻して第２次世界大戦が始まる。
ドイツとの同盟はなくなったと思って山本が安心したまさにその日に、ドイツがポーラ
ンドに侵攻するという、強いドイツに惹かれて日独同盟待望論再燃のキッカケができたの
は、あまりに皮肉なタイミングである。
９月16日、ノモンハン事件について、日ソ間で停戦協定が結ばれる。
10月、国家総動員法に基づき、すべての物価・賃料を９月18日の水準に固定するという
「物価等統制令」("９・18ストップ令")が発令される。
1940年１月14日、阿部内閣は、国内の物資不足・物価高騰の解消がうまくいかず、陸軍
の支持を失って総辞職。
１月16日、
３月30日、汪兆銘、南京国民政府設立。
この政府設立は、近衛の「東亜新秩序」声明以後、蒋介石をライバル視している汪兆銘
に対する陸軍の工作により、汪の当初の希望と異なる方向へ向けて進められてきていた。
中国国民の支持は全くなかった。
６月14日、ドイツ、パリを占領。
６月、砂糖とマッチが切符制になる。
７月７日、宝飾品の製造販売が禁止される(７・７禁令)。「贅沢は敵だ」「買いだめは
敵だ」(これは今でも使える？)「戦地の兵隊を思え」等のポスターが街に貼られる。
こうした政府のスローガンの熱烈な支持者も現れ、街角でスローガンの書いたビラ配り
などをし始めた。
７月16日、対米英協調に未練を残す米内首相に対して、ドイツとの同盟を望んでやまな
い陸軍全体で倒閣の声が強まり、畑陸相が単独で辞任したため、米内内閣も総辞職した。
国内の政治がこんな状態では、戦地の兵隊も気の毒というものである。
日独伊三国同盟
７月22日、第２次近衛内閣成立。
７月26日、米国は、石油と屑鉄の輸出を許可制にする。航空用ガソリンの西半球以外へ
の輸出を禁止。
７月27日、大本営・政府連絡会議は「武力行使を含む南進政策」を決定。ここで対英戦
の可能性を想定しているが、具体的な作戦準備をした形跡は見当たらない。ドイツの英本
土上陸、大英帝国の壊滅近しと見て、「バスに乗り遅れるな」という気分にせきたてられ
たのではないかと、林茂著「日本の歴史２５」(中公文庫)では述べている。
７月28日、近衛内閣の新体制理念について新聞発表。▼一君万民の精神に基づく政治の
実現。▼ナチスの全体主義、ファシスト独裁政治でなく、新しく国を開く精神に
▼議会は天皇政治を翼賛(補佐)するものであって、政党が政権を奪取するものではない。
▼国民精神総動員運動を発展的に解消して、政治的実践力をもった国民運動組織を目指す。
▼政府・議会・軍部はこの組織外におき、参加は個人参加とする。
国民の結集と軍部の抑制ということを狙ったものである。
８月、松岡洋右外相、英米派の在外大使・公使40数名を一度に更迭する。(松岡人事)
９月３日、米英防衛協定締結。米国は、英国に完全装備の駆逐艦50隻を供与。
９月７日、ドイツ軍、ロンドン空爆。以後65日間続く。(ブリテンの戦い)
９月11日、「部落会町内会等整備要項」制定。いわゆる「隣組」の制度化である。５～
10世帯を１組として、物資の互いの融通や国への供出、防空活動などを行う。また、住民
どうしで監視し合う機能もある。
９月14日、連絡会議の下打合せ。
ここで海軍の近藤信竹軍令部次長は「対米戦が長期戦ならば、建艦など、日本は追いつ
かない。そういう意味から言えば、戦争としては今が一番有利だ」と、対米戦には消極論
を述べている。
これに対し松岡外相は、「ドイツの提案を蹴った場合、ドイツは英国を
を作り、米国と妥協し、欧州連邦の植民地には、日本に一指をも染めさせぬことになるだ
ろう。…独伊とともに、英米とも結ぶ手は不可能ではないが、そのために支那事変は米国
の言うとおりに処理し、東亜新秩序建設等の希望もやめ、少なくとも半世紀の間英米に頭
を下げるならよい。しかしそれで国民は承知するか、10万の英霊は満足できるか。米英側
につけば一時は物資に苦しまぬが、いったい、どんな目に遭うかわからぬ。要するに、米
国との提携は考えられない。残された道は独伊との提携以外にはない。」と反論。
また及川海相は「それ以外に道はない。」と、松岡に賛意を示し予算の増額を要求した。
９月15日、三国同盟に対する海軍の方針を決める会議を開催。
こまできたら仕方ないね」と、もはや時流に逆らえなくなっていた。
それに対して山本五十六は、「三国同盟が成立すれば、米英からの資材は来なくなる。
一体どうするつもりなのか。」と、あくまでも三国同盟に異を唱えたが、これに応えるも
のはいなかった。
９月23日、日本軍、北部仏印進駐。
９月25日、米国、重慶の蒋政権に2500万ドルの借款を提供。
９月26日朝、枢密院委員会で、三国同盟条約可決。
夜、枢密院本会議で、満場一致で可決。
しかし、石井菊次郎顧問官は「ドイツと同盟を結んだ国はすべて不慮の災難を受けてい
る。防共協定があるにもかかわらず、独ソ不可侵条約を結んだことからわかるとおり、条
約を一片の紙片と見ており、この条約の運用には十分注意する必要がある」と述べている。
９月27日、ベルリンで日独伊三国同盟調印。
このとき山本五十六は、「米国と戦争するということは全世界を相手にすることだ。東
京あたりは３度くらい丸焼けにされ、惨めな姿になってしまう。」と懸念した。
そして彼は、「指令長官の座を辞するか、軍人としての職を全うするか」で悩んだ末、
後者の道を選ぶことにした。山本から親友への手紙には「個人としての意見と正確に正反
対の決意を固めん。その方向に一途邁進の外なき現在の立場は誠に変なもの也。これもさ
だめというものか。」と記している。
９月、ルーズベルト大統領、鉄鋼・屑鉄の対日禁輸発動する。
同時に、西海岸にあった海軍主力艦隊基地をハワイ真珠湾に移動。
10月12日、大政翼賛会発会。総裁・近衛首相。「新体制」を目指すも、革新派から右翼
までがそれぞれの思惑で集まり、結局、まとまらず、自由主義・左派勢力は追い出され、
半年後には軍部と右翼によって国民を従順に動員するための組織になってしまう。
11月１日、ダンスホール閉鎖。
日米交渉
11月５日、ルーズベルト大統領、史上初めて三選を果たす。
11月25日、米国よりウォルシュ司教、ドラウト神父が今後の日米交渉の下準備のため来
日。元大蔵省官僚の井川忠雄と会う。
12月５日、両師、松岡洋右外務大臣と面会。
松岡は、陸軍の意向を聞くよう井川に指示。井川が陸軍省軍事課長の
話したのが、この先の日米和平交渉の発端である。
1941年１月23日、野村吉三郎海軍大将、駐米大使としてワシントンに着任。
２月27日、井川、渡米。
３月11日、ルーズベルト大統領、武器貸与法に署名。その後、蒋介石の中国を自由で
民主的な国と認めて武器を供給し始める。
３月14日、ルーズベルト大統領と野村大使の初めての正式の会談開かれる。
ハル国務長官も同席。
大統領は、▼日本が三国同盟に参加している公正な理由はないのではないか。▼日本の
南進について、ゴムや
野村大使の「中国共産化の恐れ」に対して、「日本は過度に心配し過ぎる」と述べた。
共産主義への米国の楽観的な見方が現れている。日本の中国進出を単なる市場の独占程
度にしか考えていなかった。
４月１日、岩畔豪雄、渡米。
野村大使の、支那問題に精通する陸軍関係者の米国派遣要請に応えての外務省の処置。
その後、岩畔を中心に、井川が通訳をしながら、ドラウトと共に「原則的協定案」の作
成が始まる。
４月13日、松岡によって日ソ中立条約調印。
４月16日、「原則的協定案」の最終案「日米
この内容のうち、支那事変に関する部分は、Ａ．中国の独立。Ｂ．日中間の協定に基く
日本軍の撤退。Ｃ．領土の非併合。Ｄ．非賠償。Ｅ．門戸開放方針の復活。Ｆ．蒋政権と
汪政権の合流。Ｇ．中国への日本の大量・集団的移民の自制。Ｈ．満州国の承認。
そして、▼これらを米国が容認し日本が保障するならば、米国大統領は蒋政権に対して
和平の勧告を行う。▼南太平洋における経済活動として、石油・錫・ニッケル等の生産・
獲得に関して米国の協力と支持を得るものとする。▼その他、欧州に関することなども含
めて承認されれば、ホノルルにてルーズベルトと近衛の会談を、第３国を入れずに、５月
ごろに開く。となっている。
この案の中には、「満州国の承認」や「ハワイでの首脳会談」ということがあり、東条
陸相などは満面の笑みであったという。
私は、これを受け入れなかった時点で、もう引き返せないことになったなと思った。
なぜ受け入れなかったのか？ その経緯を見ておく。
５月３日、松岡、ハル国務長官に渡すようにとワシントンの野村大使に打電。
▼独伊の指導者は会談によって和平する気持ちはない。▼米国の参戦は戦争を長引かせる
だけであるが、独伊指導者はそのことも最終的決定には大きな影響をもたないと確信して
いる。▼日本は三国条約にもとづき、同盟国の独伊の地位をいささかも毀損することなき
決心である。
これに対してハル国務長官は、「ヒトラーの制覇が７つの海に及ぶことは忍びない、こ
れはあくまでも米国の権益の擁護のためであり、そのためには10年でも20年でも抵抗する
決心である。」と野村に語った。
５月12日、野村大使、「日米諒解案」に対する修正案をハル国務長官に渡す。
諒解案の目玉で、岩畔たちの苦心の作であったハワイでの首脳会談を、松岡は削除して
いる。それは、首脳会談が不調に終わったときは非常に危険だと考えたからである。
しかし、後には日本の方(近衛首相)から首脳会談を申し入れ、米国に断られるのである。
６月14日、米国、独伊の在米資産を凍結。
６月22日、ドイツ、独ソ不可侵条約を破りソ連を攻撃。
松岡の修正案に対する米国から回答。
▼米国の参戦は自衛のためである。▼三国条約は欧州戦争に適用しない。▼中国が受諾
可能な条件を中国に提示し、それが日米双方に受諾され得ることを基礎に交渉を開始する。
▼南方において、日米両国は平和的手段によりその必要とする資源を得られるよう協力す
る。▼太平洋地域における武力行使の禁止。
これには、つぎのようなハルの口頭文書（オーラル・ステートメント）が付いている。
「不幸にして政府の有力な地位にある日本の指導者の中には、国家社会主義のドイツ及び
その征服政策に賛同し抜き差しならぬ約束をしている者がいる。…このような指導者が公
の地位にいる限り、現在協議中の提案が希望する方向に沿って、実質的結果をおさめると
期待するのは無理である。」
これに対して松岡は、「野村は自分と親しい間柄であるが、こんな無礼千万なる文書を
取り次ぐがごときは、これぞ不届き千万である。内閣改造のごとき(内政干渉)を世界的に
強大なる日本に対して要求したのを黙って聞いているとは実に驚き入った次第である。」
と怒り心頭に発したのである。
もはや、冷静・論理的な交渉は無理だと思うのは、私だけではないだろう。
７月２日、御前会議で「情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱」で日本軍の南進を決定。
要綱とはいっても、南進の目的や範囲、情勢の把握、英米の反応等についてほとんど議
論されず、一貫した見通しもないまま、「英米戦も辞せず」という威勢のよい声だけでま
とめてしまっている。
ここには、実際に英米戦をやるつもりの閣僚は誰もいなかった。ただ、松岡外相を納得
させるだけのために作ったのだと、後に石井秋穂大佐は述べている。
７月14日、ハルのオーラル・ステートメント撤回要求を打電。
２日前の連絡会議で、米国に断絶のような言い方をするのは適当でないから交渉の余地
を残してはどうかという陸軍参謀総長の意見を松岡は、「米国民の性格により弱く出ると
つけあがる。ゆえにこの際強く出るのを可と思う」とはねつけている。
７月15日、米国案に対する修正案打電。
１．欧州戦争について、①速やかに平和を回復すること。②三国条約は、あくまでも防御
的なものである。③米国の対独の非友好的な態度を是認しない。
２．蒋政権を認めるという米国案は認めない。
３．日米両国の通商関係を事変以前の状態に戻す。
４．太平洋地域の米国の天然資源の獲得に協力する。
５．日本は特にフィリピンの独立問題には関与しない。
７月17日、ハル、オーラル・ステートメントを撤回。
これは「ハイハイ、これでいいですか？」という感じと私は思うのだが、松岡は満足そ
うであったらしい。
しかし、その日の内に内閣改造が行われ、第３次近衛内閣では松岡は閣外へ放り出され
る。後任は
７月23日、「情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱」に従い仏印の日本軍、一斉に南下開始。
豊田の外交の足を引っ張る形である。
また、ウェルズ国務次官は野村大使に、「日米間の話し合いの基礎はなくなった」と告
げる。
７月25日、米政府、日本資産の凍結、石油・屑鉄の禁輸を新聞発表。英国、オランダも
追随し、いわゆる「ＡＢＣＤ包囲網」の形成である。（Ａ＝米国、Ｂ＝British 英国、Ｃ
＝中国、Ｄ＝Dutch オランダ）
この強力な反応に、「日本軍隊は既に北部仏印に進駐しておりそれがただ南部に進むだ
け」なのにと、日本は大変驚いた。
一方の米国は "ドミノ理論" で考えたのだ。つまり、この日本軍の南下は、その先に続
く計画の第１歩と受け取ったわけである。
考えてみれば、この "ドミノ理論" は、幕末から日本が朝鮮半島をめぐって抱いていた
心配と同じではないか。つまり、もし、朝鮮半島がロシア(ソ連)や欧米の植民地になれば、
その先、日本も同じ運命をたどるという考え方である。
しかし、昭和になって日本は、欧米がそういう心配を日本に対して抱くという考えには
至らなくなっていたのである。
それどころか、日本には、南部進駐の先の計画など何もなかったのである。ともかくやっ
てみて、その後のことは周りの反応を見て決めようという程度の考えだったのだ。そして、
その反応が、予想を遥かに超えるものだったということなのである。
ところで、特にエネルギーの禁輸というのは宣戦布告に等しいという見解もある。戦後
の東京裁判において、ただひとり日本の無罪評決を出したインドのパール判事は、そのこ
とを指摘している。
７月28日、日本軍、南部仏印進駐。
８月１日、米国、対日石油禁輸を実施。
８月４日、近衛首相、陸海両相に米国との直接会談の決意を告げる。
近衛首相は、自分が天皇から軍部の統制権も含む全権を委任された立場で大統領と直接
交渉するしか、軍部を押さえて和平協定は結べないと考えた。対米戦を回避したい東条陸
相も賛意を表明。
松岡が、「諒解案」の中にあった首脳会談を削除したのは３カ月足らず前である。
９月３日、日本からの首脳会談の申し入れに対する返事。首脳会談を成功させるために、
協定の根本問題について「予備会談」を先に設けると主張してきた。
これでは、これまでのやりとりの蒸し返しになるだけだから、日本は、一気に首脳どう
しで解決しようと考えたのだった。
この日の連絡会議で、永野修身軍令部長がいわゆる「ジリ貧論」を述べている：
「帝国は各般の方面に於てとくに物が減りつつあり、敵側は段々強くなりつつある。今
ならば戦勝のチャンスがあるが、それは時と共になくなる。」
９月13日、スタンレー・ホーンベック米国政治顧問のメモランダム(日記)：
「もし我々が日本との戦争に入りたいとするならば、…今が絶好の機会であろう。…日
本が…有利な戦闘態勢を整えるには、今から８～９箇月かかろう。」
ホーンベックは、1909～13年に中国の大学で教員をやっており、中国びいきの考えを持っ
ている。
ところで、理由は逆だが、日米戦を始めるなら今が絶好の時期であるという点で日米で
一致しているところには、注目させられる。日米開戦は、相思相愛ということか？
ホーンベックのメモランダム：
「日本の首相には名目上も事実上も国家の長の権限はない。前者は天皇であり、後者は
一部の軍部指導者たちにある」
すでに、日本の意思決定システムを見抜いている。
「我が国による物質的な面での断固たる態度が、日本の一層の軍事的冒険を抑止し、日
本の好戦的な軍事指導者の会議に疑惑と混乱を投げ込む効果があった」
また、グルー駐日大使がハル国務長官に、日米の危機を回避するように長文の電報を打っ
たことに関して、ホーンベックはメモランダムを提出。
「近衛首相の人柄、影響力、統率力がどんなものであっても次のことを思い出す必要が
ある。この男は日中の事変が1937年に始まったときの首相であった。彼は、中国が屈伏す
るまで打ちのめすことが日本の当然の意図であるというステートメントの起草者であり、
日中の不平等な条約を示す「近衛声明」の起草者でもあった。彼はまた、日本が印度支那
に入り拡大作戦をとったときの首相であった。彼は、日本が三国同盟に入ったときの首相
であった。彼がグルー氏を通じて(反米親独の)松岡氏とは完全に一致しているというメッ
セージを送ってよこしたのはそれほど前のことではない。」
10月２日、野村大使、米の回答受け取る。
首脳会談の実質拒否、日本軍の中国駐兵不承認、日本の言行不一致を非難している。
野村大使は「日米交渉はついにデッドロックになる感あり」と本国に打電するに至る。
10月16日、日米交渉の行き詰まりにより近衛第３次内閣総辞職。陸軍大臣・東条英樹が
首相になる。
このタイミングで軍人を首相にしたのは、戦争を遂行するためではなく、陸軍の暴走を
押さえるためだと言われている。
この先、日本は「甲案」「乙案」（内容は省略）２つを用意して交渉に臨むが、どれも
米国を説得することはできなかった。
しかも米国は、日本大使館の電報を傍受して暗号を解読し、「甲案」が提示されたとき
には「乙案」の存在も知っていたという状態である。
私は、あの「日米諒解案」まで戻す以外になかったと思うが、次に示す蒋介石の必死の
アピールを見ると、「諒解案」でもダメだということがわかる。
蒋介石の猛アピール
11月22日、国務省、基礎案と３カ月有効の暫定案を作成。内容の詳細は省略するが、暫
定案では、日本も希望している北部仏印の２万５千限度の日本軍駐留を認めている。
ハルは、英豪蘭の各大使と中国の
まず反応したのが中国の胡適博士。「これは向こう３カ月間、これ以上中国を侵略しな
いよう日本を縛るものか」という質問に対し、ハルは「そうではない」と答えた。
その報告を受けた蒋介石は、ただちに「何としても、米国を日本と妥協させてはならな
い。それは中国の死を意味する」と胡適に指示を出す。
また蒋介石自身もこの先、米英に、日本と妥協しないよう何通もの電報を打ち続けた。
11月24日、ハル、大統領名でチャーチルあてに暫定案の骨子の説明文を送った。
夜９時、チャーチルから返事。「中国に対して少し冷たいのではないか、中国の崩壊は
われわれにとって一層危険を増すことになるのではないか」という内容で、とくに暫定案
の手交に反対はしなかった。 このチャーチルの返事は、おそらく、蒋介石からの電報を受けてのものであろう。蒋介
石は、チャーチルに次のような電報を打っている。「米国が日本と妥協したら、中国の人々
は失望し、戦いは崩壊します。その後はどのような助けも空しく、中国はあなたがたの語
る国際信義という言葉を信じなくなるでしょう。」
蒋介石はまた、米国にいる宋子文に、すぐに陸軍のスチムソン長官と海軍のノックス長
官に伝えるよう指示して、次のような電報を送っている：
「もし米国が対日経済封鎖及び日本資産凍結を解除するならば、…中国人民は、米国によ
り中国は犠牲にされたと思うだろう。全人民の士気は崩壊し、アジア民族はデモクラシー
に対する信頼を喪失するだろう。…中国陸軍は崩壊し、日本の計画遂行が可能となるだろ
う。かくして将来米国が来て我等を救援しようとしても、事態既に手遅れのおそれがある。
かくして、中国だけの損失に止まらないことは明らかである。」
ハルは日本に、協議が長引いているので返答を明25日に延期すると通告。
同じ頃、日本海軍機動部隊は
11月25日、暫定案の最終案出来上がる。
中国の胡適博士は、単独でハルに会いにいく。そこで胡適は猛然と「米国は日本に本気
で石油を売るつもりか。蒋介石は『石油を日本に１滴売れば、中国人兵士の血を１ガロン
流すことになる』と言っている。」と訴えた。
ハル・ノート手交
1941年11月26日午後５時、「ハル・ノート」が日本側に渡される。このときハルは、
「米国は、中国を見殺しにするなという意見などに鑑み、本日の案を提出することになっ
た。」と言いながら手渡した。
東郷外相は後に、「目もくらむばかりの失望に打たれた。ハル・ノートを受け取ってか
らは働く熱を失った。」と述べている。
おわりに
こうしてみてくると、日本の意思決定のシステムは、とくに日露戦争後あたりから、責
任の所在が曖昧な体制になってきて、現在に至っているということが明確にわかる。
このことについて、カレル・ヴァン・ウォルフレンはその著書「日本／権力構造の謎」
(篠原勝訳・早川書房)で、「日本の首相は、統率手腕をあまり発揮することは期待されて
いない」「国会が最終的な採決者であるとはとても考えられない」「日本では誰も明確な
支配権を与えられてはいない。日本では個人も集団も，だれも国のすることに責任を取り
はしない。」と述べている。
米国政治顧問のホーンベックも、日米交渉中から同様のことを言っていた。
この、責任の所在が曖昧ということはまた、太平洋戦争後の極東軍事裁判、いわゆる東
京裁判においてただ一人、東条英機はじめ25名の被告全員に無罪評決を出したインドのパー
ル判事が、無罪の理由の一つして、太平洋戦争が被告たちの "共同謀議" によって起こさ
れたということを否定した根拠でもある。
どういうことかというと、この "共同謀議" によって戦争へ導いたことが、いわゆるＡ
級戦犯の主たる罪状なのだが、パール判事は「ナチのように長く独裁政権が維持され、ヒ
トラーを中心とする少数者によって戦争が遂行されたのと、満州事変以降、14もの内閣が
次々に出現した日本の政情とを混同してはならぬ」として、"共同謀議" を否定したので
ある。
言ってみれば、日本のような無責任体制の責任は誰がとるのかという課題をも提示して
いると、私は思っている。
ともかくこれは、一人前の国家としては恥ずかしいことではあるが、それが日本の戦争
責任の無罪評決の理由にされているというのは、喜ばしいことなのか恥ずかしいことなの
かと、私は複雑な気持ちである。
二学期期末試験最終日の12月８日の朝、玄関で検温表の確認をしながら｢今日は何の日？｣
と問いかけた３０人ほどの生徒のうち、ひとりだけ「真珠湾」と答えてくれた。
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
参考図書・文献
井上清「日本の歴史２０ 明治維新」（中央公論社）
色川大吉「日本の歴史２１ 近代国家の出発」（中央公論社）
隅谷三喜男「日本の歴史２２ 大日本帝国の試練」（中央公論社）
今井清一「日本の歴史２３ 大正デモクラシー」（中央公論社）
大内力「日本の歴史２４ ファシズムへの道」（中央公論社）
林茂「日本の歴史２５ 太平洋戦争」（中央公論社）
岩間徹・山上正太郎「教養人の世界史〈下〉近代・現代」（社会思想社）
泉三郎「写真・絵図で見る 堂々たる日本人 この国のかたちを創った岩倉使節団「米
欧回覧」の旅」（祥伝社） 須藤眞志「ハル・ノートを書いた男 日米開戦外史と「雪」作戦」）（文藝春秋）
田中正明「パール判事の日本無罪論」（小学館）／ 産経新聞社「ルーズベルト秘録
〈上・下〉」（扶桑社） 渡辺惣樹「第二次世界大戦 アメリカの敗北 米国を操ったソビエトスパイ｣（文藝春秋）
ハミルトン・フィッシュ著，渡辺惣樹訳「ルーズベルトの戦争責任」（草思社）
渡辺惣樹「誰が第二次世界大戦をおこしたのか フーバー大統領『裏切られた自由』を
読み解く」（草思社）
宇津木章・監修，小田切英・執筆「すぐわかる中国の歴史」（東京美術）
益井康一「日本と中国はなぜ戦ったのか」（光人社）
カレル・ヴァン・ウォルフレン著，篠原勝訳「日本 権力構造の謎〔上・下〕」
（早川書房） ＮＨＫ2004年７月28日放送「そのとき歴史は動いた 昭和16年11月26日午後５時」
ＮＨＫ2005年11月30・12月７日放送「そのとき歴史は動いた 真珠湾への道（前編・後
編）」 「近代日本総合年表」（岩波書店） ／ 「新日本史主題史年表」（清水書院）
宝月圭吾・藤木邦彦「詳説 日本史（再訂版）」(昭和49年３月)（山川出版）
石黒拡親「読むだけ日本史・現代」（学習研究社) ／ 日栄社「世界史要綱」(日栄社）
Wikipedia ／ 世界史の窓 ／ コトバンク
外務省 外交史料館 https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/
防衛省 NIDS防衛研究所 http://www.nids.mod.go.jp/
神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/
ContentViewM.jsp?METAID=10159011&TYPE=HTML_FILE&POS=1
