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複眼
Ｎｏ.００２ 2004年４月12日
受入れ－「自」を知り「他」を受け入れる
高校生が発展途上国への国際協力についてつづる「高校生エッセイコンテスト2003」
（国際協力機構＝ＪＩＣＡ＝主催）で、都立高校の２年生のＹ子さんが書いた標記のタイ
トルの作品が外務大臣奨励賞に選ばれました。ここでその要旨をご紹介します。
（2004年２月24日産経新聞に掲載）
なお、ＪＩＣＡとは、Japan International Cooperation Agency で、緒方貞子氏が理
事長を務めています。氏は、1991年から10年間、国連難民高等弁務官を務めていた方です。
［エッセイの要旨］
Ｙ子さんはデンマークに留学している。「文化、教育等、成長過程での様々な環境要因
が形成する、個々人の持つ価値観にずっと興味を抱いてきた」彼女は、日本では新聞社の
子ども記者団に所属して、主に難民問題や紛争問題の取材に取り組んできた。緒方貞子氏
にインタビューしたとき、難民問題について、「政治的問題であるから解決できない」と
いう答えを聞いても素直には受け入れられなかった。
デンマークでは、様々な国からの難民や移民の子どもたちと同じ教室で学び、特に、最
初に友だちになったイラク人のＡさんと話すことで、日本にいるときに「努力すれば何で
もできる」と信じてきたものが、必ずしもそうではなく、「時には自分の非力を認めなけ
ればならない」ことを学んだ。
デンマークという小さな国が世界で生きていくには、多言語も異文化も受け入れ、発言
によって自分を表現し、相手の意思を受け入れることを小さい頃から学んでいると、デン
マークの子から聞かされた。
Ｙ子さんは、こうした体験から、「平和な島国日本に生まれた私たちも、そろそろ世界
との対話を始めなければならない。問題は対話の手段の欠如だ。」そして、「地球市民が
対話を行うとき、そこには当り前という概念は存在しない。」「常に広い視野を持って、
自身と世界と向き合っていこうと思う。」と述べている。
相互理解 ～Ｉｆ Ｉ ｗｅｒｅ ｙｏｕ．．．
さて、Ｙ子さんはまだデンマークにいるのか、日本に帰国しているのかわかりませんが、
この週末、Ｙ子さんはどうしているか気になります。
彼女がこのエッセイ（essay＝随筆、小論文）を書いているとき、彼女はまだ、イラク人
のＡさんの抱える現実とは別の立場にいました。しかし、この週末に突然、彼女たちは現
実を共有することになったのです。共有といっても、立場がまったく逆なので、お互いに
「ねぇ、ねぇ、そうでしょ？」と軽々しく同意を求めることはできず、おそらく二人とも
とても辛い思いをしているのではないかと想像されます。
Ｙ子さんよりも、Ａさんの方がもっとショックを受けたかも知れません（あくまでも私
の想像です）。自分の親の母国の人が、学校で隣の席にいる友人の国民を誘拐したのです
から。イラクは、日本のような個人主義は浸透していないでしょうから、外国人であるＹ
子さんに対しては、イラク人として連帯責任を感じるということが考えられます。
もし、諸君がＹ子さんの立場だったら、Ａさんに対してどういう態度を取るでしょうか。
逆に、もし諸君がＡさんの立場だったら、どうですか。
こうした想像力を働かせることは、相互理解にはとても重要です。
Ａさんには、今日のイラクの状況、ましてや今回の誘拐事件について、何等責任はあり
ません。この点が、彼女たちの相互理解の出発点、土台であろうと思います。
この二人は共に母国を離れ、第３国で交流しているのでうまくゆくでしょうが、Ｙ子さ
んが日本に帰国して、Ａさんとはまた別の、イラクから直接来たイラク人と会うことになっ
た場合、どれだけ「受け入れる」ことができるかが難しいところです。
そもそも、「受け入れる」とは具体的にはどういう状態のことをいうのか、考える必要
があると思います。こうした抽象的な表現で終らせてしまってはいけません。答えはすぐ
には見つからないでしょうが、常にどういうことかを気にしていてください。
当面、「受け入れる」かどうかを決める前に、ともかく、まず「理解する」必要がある
でしょう。
「理解する」というのは、「賛同」や「共感」とは違います。意見が一致したときに互
いに理解し合えたというのは、明らかに誤りです。
「理解する」というのは、自分とどこが同じで、どこが違うのかをはっきり認知するこ
とです。「理解」の結果、どういう態度を取るかを決めていくわけです。
お互いに意見・価値観が大きく異なることがわかったとき、どうしますか。
「もし、私があなただったら、、、」（If I were you...）と考えてみてください。
自分の価値観を押しつける
互いに近づき合おうと努力することもあるでしょう。しかし、完全に一致させることは
不可能です。
一致できない部分については、互いに不干渉でいることもひとつの方法です。
始めから不干渉でいることを「棲み分け」といいます。これは「無視」「しかと」とは
違います。干渉はしないが、交流はあるということはあるわけです。
しかし、自分の価値観と異なるものを、なぜか放っておけない人たちも大勢います。
そういう人たちが争いを引き起こします。
脅迫や武力で自分の価値観を押しつけよう、相手を支配しようとします。戦争です。
さらに、相手を消そうとする場合もあります。これが国のレベルで行われた場合、自国
民に対しては「粛清」、他国民に対しては「虐殺」といいます。
世界史を学ぶと、人類は、驚くほど多くの粛清・虐殺を繰り返してきたことがわかりま
す。今もなお、行われています。
今やろうと思ってたのに
イラクの日本人誘拐事件は、解放予告期限を８時間以上過ぎてもまだ解放されていませ
ん。とても心配です。
犯人グループは、自衛隊の撤退を要求しています。
日本はどうすべきか？
政府は、自衛隊の撤退はない、と即答しました。そして、人質の保護に全力で努力する
ともいいました。自衛隊は、サマワのキャンプから外に出ることはできません。
さあ、諸君も真剣に考えてください。
新聞やテレビなどで、いろいろな意見が流れています。自衛隊を即時撤退すべきである
とか、テロには屈するべきでない、あらゆるルートを通じて犯人を説得する、退去勧告が
出ていることを承知で現地入りし、しかも最も危険なバグダットへ向かった本人たちの自
己責任である…等々。
自衛隊の撤退は、誘拐事件が起こる前から、民主党や共産党、社民党等が国会で要求し
続けていたことです。ところが、誘拐事件が起こると、その要求がしづらくなってしまい
ました。なぜか？
それは、今言うと、テロ（脅迫）に屈するのと同じ格好になってしまうからです。脅迫
がなければ自衛隊撤退要求を続けることができたのに、脅迫された途端にできなくなりま
す。
それでもなお、撤退を要求するのも、ひとつの信念でしょう。実際そういうことで署名
活動をしている政党もあります。いくら、アメリカやイギリスから非難されようとも、テ
ロに屈したとして国際的に信用を落とそうとも、今は、３人の命を最優先であるという考
えです。
人質を取って脅迫するのは、人道的に最も卑劣で憎むべき行為であることは私がここで
改めて言うまでもありません。しかし、人質の命も救いたい。どうする？
生々しい教材
こういう話題を学校で取り上げるとき、よく、生徒の年齢には早すぎるとか、大人も意
見が分れているのに、などという批判が出ることがあります。もちろん、試験に出して特
定の答えを強要するのはいけません。
しかし、世の中は、子供の発育に合せて順序よく事件が起こるわけではないし、ニュー
スを子供に知られないように流すこともできません。
世の中とのしがらみの少ない諸君が、純粋な気持ちで世の中を見て、いろいろ考え、意
見を言う経験は、健全な民主主義の継続・成熟に絶対不可欠な "訓練" であると私は考え
ています。 〟
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