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複眼 　Ｎｏ.００７　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2004年５月21日

ＴＨＥ ＬＡＳＴ ＳＡＭＵＲＡＩ　武士道

　週末、レンタルＤＶＤで見ました。すでに映画で見たひとも多いでしょう。
　これは、1876（明治9）年頃の日本を舞台としたフィクションです。この頃の日本は、
廃刀令、秩禄(ちつろく)処分の断行で武士の特権を全て廃して、天皇のもとにいわゆる士農工商の身
分制度を完全になくし（四民(し　みん)平等）、近代国家の仲間入りをしようとしている最中です。
秩禄とは、公卿(くぎょう)（位の高い貴族）や武士等の給料のことです。
　まだ、武士を捨て切れない人々が大勢いて、各地で反政府の反乱が続いていました。
　前原一誠(まえはらいっせい)が起こした山口県の萩の乱や翌1877年に西郷隆盛が鹿児島で挙兵した西南戦争
はどの教科書にも載っています。
　この頃の政府軍は、1873（明治6）年に出された徴兵令によって集められて近代的西欧
的な訓練を受けている途中の軍隊です。この映画では、その政府軍の指導のためにアメリ
カから来日したオールグレン大尉（captain）をトム・クルーズが演じています。この時
期のアメリカは、1776年７月４日の建国から100年を迎えたばかりです。
　この大尉は架空の人物です。彼は、渡辺謙演ずるところの勝元(かつもと)が率いる、武士でいよう
とするある一族の捕虜となり、その村で過ごすうちに勝元と心が通じるようになり、一緒
に政府軍と戦うことになります。
　と、ここで映画の筋を話すつもりはありません。「複眼」としてはあちこちに話が飛ば
ずにはおれないわけです。

自分のことは自分で解決

　フィクションはそれとして楽しませてもらいましたが、やはり、当時の本当の様子、時
代考証は興味あるところです。
　日本に開国の決断をさせたのはアメリカですが（日米和親条約、1854年）、アメリカは
1861～65年の自国内の南北戦争のために軍隊を日本に向ける余裕がなくなりました。その
間に、徳川の最後の将軍慶喜(よしのぶ)は政治改革や軍の建て直しをフランスに頼み、朝廷や薩摩、
長州の倒幕派は、薩英戦争（1863年）の後にイギリスから近代兵器を購入する等で援助を
得るようになり、もはや、アメリカが入る余地はなかったのではないかと思うのです。
　朝廷対幕府の攻防がいよいよ大詰になろうという頃の1867年７月には、西郷隆盛は、イ
ギリスの公使館員アーネスト・サトウからの倒幕を援助しようというもちかけに対して、
「我が国の政体変革のところはわれわれの尽力いたすべきところ」としてきっぱり拒絶し
ています。
　慶喜は10月、倒幕の名目をなくし西郷らの出鼻をくじくために大政奉還(たいせいほうかん)（将軍の地位を
朝廷に返上）を行います。会議において、徳川が諸大名のリーダー役を担うことで、実質
的に政権を保持できると読んだのです。
　朝廷はその読みを見破って、12月には王政復古の大号令（天皇を中心とする新政府発足
の宣言）を発しました。
　翌1868年１月、日本をフランスに従属させようと考えていたフランスの駐日公使ロッシュ
は、徳川慶喜に、軍艦や財政援助をするから徹底抗戦をするよう勧めたのですが、陸軍総
裁勝海舟(かつかいしゅう)と会計総裁大久保忠寛(ただひら)らの、フランスの介入はイギリスの介入を招き、日本の破
滅につながるという説得を慶喜が受入れ、フランスの援助を断ります。
　江戸への攻撃を明日に控えた３月13日、江戸に総攻撃をかけ江戸が戦場となれば、イギ
リスやフランス、アメリカ、オランダ等の烈強諸国につけいる口実を与えてしまうという
ことで、勝と西郷の "サシ" の短い会談で西郷は江戸攻撃の中止を決定します。
　翌日、天皇は「五箇条の御誓文」を発し、12月８日に明治と改元します。
　このように、倒す方も倒される方も、外力に頼って勝とうという考えは、この頃にはす
でに完全に捨てていたのです。
　実は、日本はもっと前から烈強国の植民地にされる恐れを感じていました。それは、清
（今の中国）とイギリスのアヘン戦争（1840～42）によって、香港がイギリスに取られた
ことを知っていたからです。江戸時代は鎖国をしていたといわれますが、オランダからか
なり詳しい海外情報を得ていたのです。このままでは次は日本や朝鮮半島がやられるとい
う警戒心はその時期から持つようになっていました。
　そうした中で、明治になってからのアメリカは、せいぜい武器の商取引や技術者を雇う
ことはあったでしょうが、この映画のように、アメリカの軍人が軍服を着て前線で侍への
攻撃の指揮を執るという場面はあり得なかったと私は考えます。間違っていたら教えてく
ださい。
　作品にケチをつけているのではありません。私は、こうして作品を２倍３倍楽しんでい
るつもりです。
　この映画では、ラストで、米国と何やらの協定をまさに結ばんとするところで、侍とし
て全(まっと)うした勝元の刀をオールグレン大尉が明治天皇に返上したとき、天皇は「朕(ちん)（天皇の
自称）の望みは日本国を統一し、強力にして独立を誇る近代国家を確立したい。我々は、
鉄道や大砲や西欧の衣服を手に入れた。しかし、日本人たることを忘れてはならぬ。この
国の歴史と伝統を．．．」といい、この協定の締結を急遽(きゅうきょ)取り止めて大使を追い返します。
　日本の自立心が、米人オールグレンによって教えられたかのように仕立てるところは、
さすがアメリカ映画、抜かりはありません。

米軍人と武士

　彼は、飲んだくれの元騎兵隊の軍人で、来日直前には新式銃の宣伝マンのようなことを
やっていました。日本の未熟な軍隊を指導するために破格の給料に釣られて来日します。
　彼が酒浸りになった原因は、フラッシュバックのような映像で出てきます。その映像は、
逃げ惑う無抵抗のイディアンを皆殺しにするシーンです。
　彼は、軍人としての自尊心を失っていたのです。
　この映画は、白人が近代兵器によって素朴な文化を保持してきた原住民を殲滅(せんめつ)するとい
う枠組みを、近代化に向かう日本の新政府が伝統的な価値観を守り続けている侍達を近代
兵器で根絶やしにしようとするところに重ねています。
　オールグレンも明治天皇も、こうした文化や伝統を破壊しての近代化に異議を唱え、オー
ルグレンは勝元との交流で軍人としての自尊心を取り戻し、明治天皇はラストシーンでの
あの言葉となったものと、私は受け取りました。

武士と教員

　サブタイトルの「武士道」は、当然、新渡戸稲造(に　と　べ　いなぞう)が1899年末に著した著書名「武士道」
から取ったものであることは明らかです。5000円札のあの人です。
　昨年、この映画が話題になったとき、映画館へはなかなか行く機会がないので（子供と
一緒は無理。子供とは「ニモを探せ」を見に行きました）、１年後のレンタルビデオに備
えて「武士道」を読まにゃいかんだろうと思って本屋へ行きました。
　新渡戸はこの本を英語で書いています。それは、西欧の宗教教育に代わるものが（当時
の）日本では「武士道」であるということを西欧に知ってもらうことが目的だからです。
　私は残念ながら翻訳でしか読むことができません。有名なのは岩波文庫のものですが、
60年近く前のものなので、日本語自体が今の口語体より難しく、また活字も小さく読みに
くいので（老眼 ^^;）、本屋で探したところ、三笠書房の読みやすいものを見つけました。
　「武士道」というと、良く知らないくせに、"古臭い" "説教臭い" "滅私奉公" などと
いう否定的なイメージをもって拒絶してしまう人も多いのではないでしょうか。私も、漠
然とそんな感じでいました。
　しかし、「武士道」ということばはともかくとして、ここに書いてあることは、頷(うなず)ける
ことも数多くあります。
　そのうちのひとつ、「正直がカネになるというのでこれを守る、というのであれば、私
は武士道はむしろ嘘にふけるのではないかと思う」は、とても良くわかります。
　教員（少なくとも私）にも似たような感覚があります。
　たとえば、教員には残業手当がなくて、それに代えて、緊急時の対応等のためとして一
律に４％の手当がついているのですが、これは、25％の時間外割り増しを加味して勤務時
間に換算すると、 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　 4

　　　１日８時間＝480分、480×0.04×   ＝15.36 （分）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　 5
と、１日あたり16分弱です。
　で、一律はおかしいという意見や、一般にはサービス残業は違法ということで、教員に
も事務職員と同じように残業手当できちんと対応するべきという意見があるのです。
　さて、そうしたとき、先ほどの「似たような感覚」というのは、たとえば部活指導等に
残業手当がついてしまうと、「カネのため」に部活指導をしているというような見方をさ
れるのは心外で、部活指導等がしづらくなる、という感覚のことです。
　褒めるとやる気を出すというのが一般に言われていて、いわゆる成果主義が浸透してき
ましたが、金品で報いる成果主義は武士には似合わないのです。武士は、名誉を重んじる
のです。「名誉は、それぞれが自己の役割をまっとうに努めることにある」と新渡戸は言っ
ています。
　前回の「豚もおだてりゃ...」のおだて方は、大変難しいもので、おだてるのと餌をぶ
らさげるのとでは違います。豚は、餌に釣られて木には登りません。
　ともかく、皆さんも是非読んでみてください。トム・クルーズも読んだらしいです。

農学者・新渡戸稲造

　新渡戸は、「武士道」を出版した翌年（1901年）、台湾へ行っています。
　台湾は、日本が日清戦争（1895年）で清に勝ち、下関(しものせき)講和条約により日本領となりまし
た。その後、太平洋戦争で日本が負けるまで50年間、台湾は日本領でした。
　日本は、衛生の改善、教育、産業の育成に力を入れました。
　東京にもまだなかった鉄筋コンクリートの下水道設備を作り、衛生は飛躍的に改善され
ました。当時東洋一の規模の烏山頭(う　とうざん)ダムを作り、洪水と旱魃(かんばつ)を繰り返していた台湾南部地
域を台湾最大の穀倉地域に変えました。そして、このダムを作った八田與一(はった　よ　いち)の銅像が地元
の人々によって作られました。
　学校も作り、終戦時（1945年）には就学率は92％にも達しており、その後の台湾の基礎
が作られました。
　こうした台湾開発のひとつとして、台湾の民政長官だった後藤新平は、当時、札幌農学
校の教授を休職してアメリカで休養していた新渡戸を説得して、台湾の伝統産業である製
糖業を発展させたのです。その後40年で、砂糖の生産量は50倍にもなりました。
　後藤新平は、関東大震災後に東京市長になり、東京大改造計画を作った人です。幅40メー
トルほどの昭和通りはその計画によるものです。当時は車も少なく、そんな広い道路の必
要性はだれも理解できなかったのですが、後藤は「見ていろ、これから車は増えるぞ」と
言ったということです。

台湾の行方に注目

　５月20日、台湾の第11代総統に就任し、２期目に入った陳水扁(ちんすいへん)氏は、前総統の李登輝(り　とうき)氏
に続いて住民の直接選挙によって選ばれた２人目の総統です。
　台湾は、中国本土の政権（中国共産党）によっては統治されたことがないので、いま、
台湾と中国との関係は微妙です。
　日本とも歴史を共有していて、しかも親日派の多い台湾は、日本にとってもとても大切
だと私は考えます。今後の行方から目が離せません。　　　　　　　　　　　　　　　〟
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