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切り替えと集中 《１学期も終わりや。成績、どないやった？　１年前のようには、もう、いかんやろ。》 『むずかしいなってきたさかいな。それにしても、水泳大会、みんな泳ぎが達者で、いつ 　も感心させられるわ。今回は残念ながらＧ組は入賞はでけへんかったけど、みんな、エ 　エ表情しとったでぇ。》 《教室で数学やってるときと、大違いや。》 『水泳大会の後のホームルームでは、コロッと切り替えて文化祭の相談しとったな。』 《この切り替えの速さが小山台のエエとこや思うねん。》 『そう、"切替えと集中！" や。』 《勉強もそうせな、アカンでぇ。》 『なに、えらそうに。』 割れ窓理論 　前回、"悪質ないたずら" について阿久悠氏の文章も紹介しながら話しましたが、その 直後、７月４日に兵庫県の国道で、歩道橋から重さ３キロの鉄アレイを投けて下の車のフ ロントガラスを割るという事件を報じるテレビニュースで、やはりまた「悪質ないたずら とみて捜査しています」と言ってました。 　ガラスを割っただけで、人身事故にはならなかったからだと思いますが、阿久悠氏が言 うように、"いたずら" というのは、結果も事前に折り込み済みのものであって、たまた ま大事に至らなかったからいたずらで、大事に至ったら犯罪というものではないと、私も 思います。 　ここは是非、「殺人未遂の可能性も含めて捜査しています」と報道するべきだと思いま す。これは、ニュースを見た犯人への社会からのメッセージでもあります。線路上に自転 車を置く事件、タクシーに卵を投げつける事件と続き、阿久悠氏が「卵の次はなんだ」と 言った途端の犯罪に、「割れ窓理論」が思い起こされました。 　これは、空家などの建物の窓ガラスが１枚割られいるのをそのまま放置しておくと、そ の建物は管理されていないと認識され、窓ガラスはさらに割られ、建物全体が荒廃し、さ らにはその地域全体が荒れていくという理論で、米国の犯罪学者ジョージ・ケリング博士 が30年ほど前に提唱した理論です。 　そして、ニューヨーク市のジュリアーニ市長は1994年１月、この「割れ窓理論」を応用 してニューヨークの街から "割れ窓" の一掃を図りました。 　警察官を5000人採用し、徹底した徒歩パトロールと軽微な犯罪の取り締りを行ったので す。その結果、ニューヨークのイメージは変わり、あの落書きで有名なニューヨークの地 下鉄は今では綺麗になり、24時間、安全になりました。 　日本は、軽微な犯罪を "いたずら" 扱いする傾向があるようで、割れ窓理論からすれば、 治安は悪化するということになり、実際、日本の治安は悪化しています。 悪貨は良貨を駆逐する 　"悪質ないたずら" をしでかす者の存在が社会全体の深層心理に与える影響を軽視して はいけません。「悪貨は良貨を駆逐(あっか　　りょうか　　くちく)する」という経済の言葉もありますが、これは生物に も当てはまるそうです。 　つまり、普通のネズミの集団に攻撃的なネズミを入れてやると、その集団はストレスで 弱って死んだり攻撃的なネズミが増えたりするそうで、人間だって生物ですから、"悪質 ないたずら" の犯人が捕まらなかったり、捕まっても "お目玉" を食らっておしまいとい うことで済ませていると、その周りの人間の不満や不安が増大し、精神を不安定にして、 怒りっぽくなったり、行動が粗暴になっていく傾向があるだろうというわけです。 　やはり、"悪質ないたずら" であっても容赦なく検挙してキッチリと責任を追及しなけ ればならないと思います。線路に自転車を置いた者、鉄アレイを道路に投げた者は殺人未 遂を適用するくらいでないと、国民の法律に対する信頼感も薄れてきます。 裁判員制度 《こういうアテら素人の考えって、裁判員制度が始まったら裁判に反映できるようになる 　んやろか。》 『日本の裁判員制度は、殺人や強盗などの重い刑法犯だけが対象やさかい、鉄アレイの犯 　人が単なる器物破損罪とかで起訴されたら裁判員は召集されへんやろ。』 《なんや。つまんないな。》 『そやけど、いざ裁判員になったら大変やぞぉ。』 《いつから始まるんやったっけ？》 『2009年５月までに始めにゃならんことになっとる。諸君が大学出ることには始まっとる 　はずや。いきなり選ばれるかも知れへんで。』 《この前、少年に対する性的虐待とかの罪に問われてたマイケル・ジャクソンに、陪審員 　は無罪の評決を出したな。アメリカの陪審員と日本の裁判員は、どこが違うん？》 『一番大きく違うところは、陪審員の評決は全員一致やけど、裁判員制度は多数決や。そ 　れに、陪審員は陪審員だけで討論・裁決するけど、裁判員制度は、裁判官３人と裁判員 　６人が一緒に審議し、評決を出すんや。』 《３月に見た東京芸術座の「12人の怒れる男たち」はアメリカの陪審員の話やったな。》 『そうや。最初の裁決で一人だけ無罪だったのを、証拠やら状況やらをもう一度丹念に見 　直し、有罪と言い張る人の個人的な感情までもえぐり出したりして、全員が無罪に賛成 　するまで話し合いが続けられたんや。ああいう議論は、日本人には不向きやなぁ。』 《一人でも被告が無罪の可能性があることを論証できれば有罪にはできんちゅうことやな。 　それに対して、日本の裁判員制度は９人の多数決やさかい、裁決は１回限りやな、たぶ 　ん。１回裁決して有罪が５票以上あれば、それで有罪が決定してしまうんやろ。》 『そうや。ただ、裁判員だけで５票ではダメや。裁判官も少なくとも１人は賛成せなあか 　ん。あと、もうひとつ大きな違いは、陪審員は有罪か無罪かだけを決めて、量刑は裁判 　官が決めるんやけど、裁判員は、どの程度の刑にするかも決めなあかんのや。』 《これがきついなぁ〜。学校でも、討論なんてのはほとんど訓練したこともないのに、大 　人になって急に、法律やら証拠やらにきちんと基づいて自分の考えを発表することなん 　かできんのやろか。しかも、抽象的な一般論やのうて、懲役10年が適当とか、５年でい 　いとか、死刑にすべきとか、きちんと言えるんやろか。》 長い物には巻かれろ 『多分、"よくわっかんな〜い、専門家に任せまっさ〜、仕事もあるさかいはよ終わらせ 　て〜" って感じになるんとちゃうやろか、と思うんやけどな。昔から "お上(かみ)" には逆ら 　えないという庶民意識も染み付いとるしな。裁判官の意見に反論できるかどうか。』 《日本人の意識の奥底には今でも "お上" と "庶民" という身分制度がある感じや。長い 　物には巻かれろってやつやな。》 『そやけど、長い物に巻かれてばっかりじゃ民主主義は育たへんでぇ。』 《けど、ややこしいことは "お上" にまかせて、アテら "庶民" は、そこそこ日々不自由 　なく過ごせればエエンとちゃうの？　江戸時代の江戸みたいに。》 『そうやな。まさに江戸の庶民の感覚やな。農耕民族の性(さが)っちゅうんやろか。農業主体の 　社会は、種まきから収穫まで、個人の好みやら都合なんて関係なく、季節の流れに合せ 　てみんな協力し合わにゃならん宿命にあるんや。同じメンバーで同じ時に同じ作業をせ 　にゃあかんのや。そういう農村から江戸に人がいっぱい集まって、もう農業をせんよう 　になっても、やはり、季節ごとの行事を大切にしたりして、町内こぞってお祭りをした 　りする。だれかが困っていればみんなで助ける。農村と違って、案外、江戸時代の江戸っ 　て平和で住みやすかったのかも知れへんな。だから人口だってどんどん増えたんやろ。』 《それが、"お上" と関係あるんか？》 『アタシの勝手な考えやけどな、自然のように、逆らうことのできない力には従うしかな 　いっちゅう感覚が、社会的な権力やなんかに対しても働くんとちゃうやろか、と思うて 　るんねん。問答無用で侍に斬り捨てられても、将軍の気紛れで出された生類哀(しょうるいあわれ)れみの 　令で、足元のねずみを蹴って牢屋に入れらたり、畑を荒す猪を狩って隠岐(お　　き)（現島根県沖 　の島）に遠島(えんとう)（島流し）になっても、従うしかないんや。』 《なるほど。その将軍をやめさせろとかいう話にはならへんのやな。 　ここで問題です！　ジャン！　その将軍の名前はなんでしょうか！？》 『なんや、急に。』 《まぁ、ちょっと眠気ざましや。で、確かに、日本の歴史の中では、庶民が政権を倒したっ 　ちゅうのはいっぺんもあらへんな。圧政に苦しむ庶民を助けてくれるのは、やはり同じ 　権力者グループの中の黄門(こうもん)様や。》 『日本の勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の典型は "水戸黄門" やら "暴れん坊将軍" なんかやろ。どれも庶民 　にはない強力な権力を持っとる。欧米じゃ、こんなドラマはウケへんやろ。』 《はい！　第２問です！　ジャン！　水戸黄門の本名と地位を述べよ！　また、暴れん坊 　将軍の正体はだれか？　松平健なんて言わんといてや〜。》 『一人で何言うとんねん。』 《ま、西部劇なんかやと、横暴な地主や保安官に立ち向かうのは、流れ者のガンマンだっ 　たりするわけや。》 『中世のヨーロッパでは、庶民が王様を処刑するなんてことまで起こったんやから、権力 　に対する庶民の感覚は、日本人とは全然違うやろ。』 宗教対立 《キリスト教の影響もあるんやろ？》 『するどいなぁ。で、庶民に処刑された王様はだれか、って問題は出さへんのか？　ま、 　ええわ。キリスト教では神 God が絶対で、その神の下では王様も庶民も平等やってい 　うわけで、そんなことを広めていたキリストは権力者によって処刑されたんや。まぁ、 　それがかえってキリストを神の子と信じる人を増やしてしまったとも言えるけどな。』 《宗教は、弾圧すればするほど強うなるっていうもんなぁ。》 『そのキリストを神とみなすかどうかで、キリスト教はユダヤ教やイスラム教と対立する 　ようになって、その対立が今なお続とる。』 《キリスト教とユダヤ教の対立がパレスチナ問題やな。ほんでもって、イスラム教との対 　立が今の一連のテロやな。》 国際平和のリーダー 『大雑把にはそういうことや。そんな構図の中で、どの宗教とも距離を置いていて、また、 　唯一の被曝国である日本には、それなりの役割があったはずやと思うんやけど、結局、 　アメリカとくっつくことでその立場を放棄してしまったことになるんやと思う。』 《日本は、独自の立場を利用でけへんかったわけやな。もったいない。けど、国連安保理 　の常任理事国になったら、アメリカの意向を確認してからとか、近隣諸国と波風立てな 　いようになんてことでは相手にされんようになるんとちゃうか。》 『実際、日本が常任理事国になってもアメリカの票が２票になるだけやという人もおる。』 《常任理事国になることばかりいうとるけど、なって何をするのかというのがよく伝わっ 　てきいひんな。郵政民営化と似てると思わへん？》 『これは、国連創設60周年ということで国連を改革しようっちゅうことなんやけど、要す 　るに、第２次大戦の戦勝５ヶ国が牛耳(ぎゅうじ)る国際安全保障を、大戦の勝ち負けに関係ない構 　造にしようということなんやろ。それで、敗戦国の日本とドイツ、それに新興国として 　インドとブラジルの４ヶ国＝Ｇ４をセットで常任理事国にしようとしとるんや。』 《それやったら、いつまでも敗戦国、戦争犯罪国としてアメリカや中国の顔色伺い続ける 　ということは、自己矛盾するやないか。》 『オマエ、今日は冴えとるな。終戦直後の体制を改革しようという日本自身が、終戦直後 　の戦勝国による一方的な占領政策・東京裁判の価値観にいまだに縛られておる。国の根 　幹である国境も、中国やロシアといまだに合意できてへん。』 《いや〜、これでやっとまた、東京裁判の話に戻ってきたけど、もう時間切れやんか。》 　これまでの東京裁判の話のネタ本をここ※で紹介しますので、是非、読んでください。 　パール判事が判決文の最後、第７部「勧告」で述べている「後世の歴史家は必ずこれを 再審判するであろう」という言葉は（前号参照）、世界の中で日本だけが "無 視" してきたような状況にありますが、今こそ、当の日本人によって再審判す る絶好の時期ではないかと思います。　では、充実した夏休みを。　　　　�� ※田中正明著「パール判事の日本無罪論」（小学館文庫、2001年）

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