現場の声をもっと発信せねば
10月22日の産経新聞の投書欄「談話室」に載ったひとつの投書に対して、反論を試みま
した。正確さを期するために、ここは、原文のまま引用します。（／は段落）
「理数科嫌い克服 教師の腕で」（薬剤師 Ｔ 42歳）
日本の生徒たちは、高学年になるにしたがって数学や理科が嫌いになる傾向がある。文
部科学省では、かつて「受験勉強によるストレスが原因だ」という見解をもっていたそう
だ。／しかし、算数教育に日本の二倍の時間を割いているシンガポールでは、理数科目が
好きと答えた生徒が、日本の二倍以上になるといわれる。／要するに、理数科が嫌いにな
るのは、授業がわからなくなるからであって、それは詰め込みカリキュラムのせいなどで
はなくて、単に「先生の教え方が悪い」ということを示唆しているだけのように思われる。
天動説を信じる小学生が増えているのも、そんなところに原因があるような気がしてなら
ない。／「高度な内容を高度なままに、いかに分かりやすく教えるか」ということこそ、
教師の腕の見せどころなのではないだろうか。
Ｔ氏の論理は、多分次のようなことなのでしょう。
「授業時間が多い」＝「詰込み教育」，「受験勉強」＝「詰込み教育」
∴「授業時間が多い」と「受験勉強」は同等。
日本では、「受験勉強」のせいで理数科が嫌いになる
シンガポールでは、「授業時間が多い」のに理数科が好き
∴日本の「教師の教え方が悪い」
で、ちょっとムッときて反論してみたのでした。
11月５日産経新聞に掲載
「理数授業の時間が足りない」（教員 Ｓ 47歳）
十月二十二日付の談話室「理数科嫌い克服 教師の腕で」に関連してですが、天動説を
信じる小学生が多い原因は至って簡単、時間が足りず、教えないからです。／投稿にあっ
たように、理数科嫌いが多いのは「教師の教え方が悪いから」と言われるのは心外です。
授業時間が少なくて世界トップレベルの理数科教育を教師の腕だけに頼るのは、もはや限
界に来ているのではないかというのが率直な思いです。／算数ばかりでなく、理科も今の
二倍の時間が使えたら、知識の一方的詰め込みでなく、実験や観察を多く取り入れ、子供
の考える時間を確保しながら十分な知識も与えることができ、「自ら学び自ら考える力」
が真に育成されるものと考えます。／そして何よりも、教員が理数科嫌いでは困ります。
理数科好きの小学校の教員の養成・採用の方法も考える必要があります。
内にいる人と外にいる人とでこんなに認識が異なると、議論は噛み合いません。もっと
現場の声を外へ発信する必要があると思います。
それに、科学技術立国を本気で目指そうというのなら、そのための教育理念というもの
を国がきちんと持たなければなりません。
存在すら知らなければ好きにも嫌いにもなれない
物事への興味というのは、その物事について理解してから持つのではなく、「良くわ
からないが不思議だ」「何でだろう」というのをキッカケに持つものだと思います。
従って、学問に興味を持たせるためには、"精選" された幅の狭い範囲について一から
十まですべてを懇切丁寧に教えるという教育から、広く浅く教えるという発想に転換させ
る必要があると思います。興味を持つキッカケを増やそうというわけです。
例えば、高校の数学Ⅰで習うようになった球の表面積
や体積 
というような式などは、小学生に見せたって害はないでしょう。
害どころか、むしろ、球の表面積＝中心を通る切り口（πｒ2）の４倍
＝球がちょうど納まる円柱の側面積と同じ
円錐の体積：球の体積：円柱の体積＝1：2：3 （同じ高さ）
という、結構インパクトのある話題を提供してくれます。
高校生ぐらいになると、こうした話にもだんだん驚きを感じ
なくなってしまいますが、小学生のうちなら、もう少し素直に
驚いてくれるのではないかと思うのです。それなのに、当時の
文部省は、この公式は小学生には不適当という決定をしてしまっ
たのです。
このような状況で、理数科に興味を持たないのは教師が悪い
というのでは、立つ瀬がないというものです。
授業内容はすべて理解させなければならないというこれまで
の発想をやめて、理屈はわわからなくとも、結果だけでも見せておく（ここは意識的に
「教える」とは言いません）ということも、もっとやっていくべきだと思います。
存在すら知らされないのなら好きも嫌いもヘッタクレもありません。
理数科に興味を持ってもらうには？
球の体積と円柱の体積の比 2：3 を発見したのは、シチリア島（イタリアのつま先にあ
る島）のシラクサの貴族アルキメデス（Archimedes，紀元前287頃～212)、公衆浴場で浮
力を発見し、裸のまま家に飛んで帰ったという、あの人です。いくら天才アルキメデスで
も、空を飛んだわけではありませんから、念のため。
彼は、円周率も計算しました。
な武器も開発しました。
ローマ軍がシラクサに攻め込んだとき、ローマ軍の大将マルセルスはそのようなアルキ
メデスを尊敬し、殺さないよう兵に命令しておいたのですが、ある兵士が、一人の老人を
アルキメデスとは知らずに殺してしまいました。貴族と聞いていたのに、粗末な布を
ただけのような老人が地面にしゃがみ込んで、何やら一生懸命砂の上に絵を書いていて、
その兵士に「私の絵を踏むな」とどなったというのですから仕方ありません。マルセルス
は、アルキメデスの業績を
と、こんな話も授業でしたいと思っても、まったく時間が足りません。シンガポール並
の授業時間が欲しいと思います。
偉大な先人たちも、たまたま聞いた話から科学や数学に興味を持って研究を始めたとい
う話はしばしば聞かれます。
地動説といえば、ガリレオ・ガリレイ（Galileo Galilei，1564～1642）の名が浮びま
す。彼は、はじめは医者を目指したのですが、大学で数学を学んだことで数学に興味をも
ち、コペルニクス（1473～1543）の地動説の話を聞いて感動し、科学と数学の勉強を始め
たのです。医学に天文学は関係ないなどといって関心も持っていなければ、地動説の話を
聞いても感動はしなかったでしょう。
レオンハルト・オイラー（Leonhart Euler，1707～1783）は、父から牧師になることを
期待されていましたが、その父から学んだ数学に興味を持つようになり、近代数学の基礎
を築くほどの大数学者になりました。オイラーは、非常に数多くの業績を残していますが、
諸君と関係あるところでは、数学Ⅰの教科書で第３章の扉にもあるように、今学習中の三
角比について、三角測量の理論体系を完成させたのはオイラーです。三角形ＡＢＣにおい
て、頂点Ａの対辺をa、Ｂの対辺をｂ、Ｃの対辺をｃとするアイデアもオイラーです。
天動説を信じるのは自然なこと
地球の方が動いているなどということは、現代でも自分で気付く人はまずいないでしょ
う。何等かの形で教えられなければ、大地が猛烈な勢いで東方向へ動いているなどと思う
はずもありません。
実際、人類が地動説を受け入れるようになってから僅か400年そこそこです。それまで
の数千年間は、地球を中心とする天動説が天文学を支配していたのです。
諸君は、次のような疑問を持つ人に対して、「それでも地球は回っている」ことをどれ
ほど説得することができますか。
Ｑ１ もし地球が自転しているのなら、地表のあらゆる物は振り飛ばされるはずではな
いのか。
Ｑ２ 我々が乗り物に乗って前進すれば前から風が当るように、地球が東向きに自転し
ているなら、猛烈な東風が吹きつけるはずではないのか。
このような疑問は、実際に宗教裁判などでガリレオに対して発せられたのです。ガリレ
オは何と説明したのでしょうか。
ともかく、地動説は、決して自然に気付く知識ではないのです。
最初の地動説は２３００年前
最初に地動説を唱えたのは、エーゲ海に浮かぶサモス島で生まれたアリスタルコス（Aristarchos，紀元
前310頃～230頃）という人です。
彼は、ちょうど半
θ＝87ﾟ を計測で得て、
ＥＳ：ＥＭ は 18：1 から 20：1 の間
ということを算出し（実際は ＥＳ：ＥＭ≒400：1）、
月と太陽がほぼ同じ大きさに見えることから、太陽は
月の約18倍から20倍の大きさであると考えました。
頭いいですね。
さらに、月が地球の影に完全に入って皆既月食が起こることから、
19 太陽の直径 43
＜＜.
３ 地球の直径 ６
地球より大きい太陽が、小さい地球の回りを回るのはいかにも不自然である
よって、大きな太陽を中心に地球が回っていると考えるべきである
と言ったのです。
大きいものが小さいものの回りを回ることが不自然に見える、あるいは不安定に感じる
という、その直感的なセンス（感覚）は、何でも数値で見ないと納得しようとしない現代
人が忘れかけている、ある種の防衛本能にも似た、生きるために大切なものであるような
気がします。
また、他の人々は、この大地が動いているという実感がなく、そうした直接的な経験で
しか自然現象を理解することができないのに対して、地動説の考えに至ったアリスタルコ
スは、まるで幽体離脱をして自分の姿を客観的に見るかのように、地球・太陽・月を客観
的に平等に視野に入れるようなところに視点を置くことができたというところに、私は彼
の偉大さを感じます。
その後1800年ほどは、地動説が注目されることはありませんでした。
ポーランド生まれのコペルニクス（Copernicus，1473～1543）は、アリスタルコスの考
えに大変興味を持ち、太陽を中心とする現在の太陽系に近いモデルを考えました。しかし、
「聖書の字句と矛盾する」ということで、プロテスタントの主導者、特にマルチン・ルター
はコペルニクスを馬鹿者呼ばわりしたということです。
地動説は、コペルニクスと入れ替わるように生まれたガリレオに受け継がれました。
しかし、ガリレオは宗教裁判にかけられ、地動説を認めないという誓約書を書かされて
（このとき、「それでも地球は動く」とつぶやいたとう有名な話が伝わっています）、死
刑は免れ、一生、謹慎生活を
ガリレオが死んだ年にあのニュートンが生まれるというのも、不思議な巡り合わせです。
ともかく、このような困難を経て地動説は市民権を得ることができたという歴史は軽視してはいけないと思います。地動説は中学校の理科で扱いますが、
心して意識的に教えなければならないと、私は強く言いたいのです。 〟