家庭の経済格差による子供の学力差は学校と塾の教育力の差なのか
昨年の全国学力調査結果について、小学６年生の正答率が年収1200万円以上の家庭と200万円未満の家庭で、最大23ポイントの差があることが、文科省の委託を受けた耳塚寛
明・御茶ノ水大教授らの研究によって、先月、明らかになりました。
大阪府が市町村の平均得点を全国で初めて開示した結果でも同じ傾向が見られたそうで
す。
このことに対して、８月25日付け産経新聞の「from Editor」というコーナーで、産経
新聞大阪本社の編集長が次のような文を載せています。タイトルは「「学力＝豊かさ」報
道の危険」です。
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（略） 「学力＝豊かさ」という図式が繰り返し報道され始めた。決まって付け加えられるのは 「経済格差が学力格差、生活格差を固定化する懸念」である。衆院選で、「子ども手当」 などの子育て支援策が脚光を浴びる一因はここにもある。 （略） 問題は、紋切り型の報道で大事なポイントが見落とされることである。 「学力＝豊かさ」報道は、塾などの教育産業を利用しなければ学力は育たないという前 提で成り立っている。ならば、学校や教師は何をしているのかという批判があってしかる べきではないか。今、公立小学校は１クラス30人余りである。45人学級時代に比べれば、 教師の指導は段違いに行き届きやすい。にもかかわらず、学力問題で埒外に置かれて目立っ た発言もない学校とは、何だろうか。 経済格差や生活格差をはね返すバネこそが勉学・学問だったという歴史も忘れられよう としている。 「貧乏がいやなら、勉強をおし」。今秋からNHKドラマになる『坂の上の雲』の主人公 の一人、秋山好古に父の平五郎久敬が言った言葉である。明治維新で禄を失った秋山家は、 生まれたばかりの五男、真之を寺にやって口減らしせねばならぬほど貧乏だった。「おっ つけウチが勉強してな、お豆腐ほどお金をこしらえてあげるぞな」と言ってそれを止めた のは10歳の好古だった。兄弟はやがて、士官学校と海軍兵学校に進んで歴史に名を残す。 進路を決めた大きな理由は、いずれの学校も無料だったからだ。貧しいから勉強できない とは、彼らには想像もできない理屈に違いない。 |
私は、即日、投書しました。
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八月二十五日付ｆｒｏｍＥｄｉｔｏｒの『「学力＝豊かさ」報道の危険』について、埒 外に置かれている学校の関係者からひとこと言わせてください。 編集長は、「学力＝豊かさ」報道で学校が埒外に置かれている状況に不満を表明してお られますが、この学力差は、論理的に考えれば塾と学校の差ではないことがわかります。 なぜなら、調査対象の子供たちは全員、学校へ行っているからです。文科省が示した学力 差は、「学校以外でいかに勉強したかによる差」と考えるのが妥当です。そして、それを 家庭の経済力との関係で見るならば、塾に通うか通わないかの違いであると考えられると いうことなのだと思います。つまり、学校がどんなにすばらしい教育をしても、更にその 上に塾へ通う人がいれば、通う人と通えない人の間に学力差がついて当然なのです。 ですから、「学力＝豊かさ」で学校を批判しないでください。お願いいたします。 |
おそらく、ボツでしょう。
「「学力＝豊かさ」報道は、塾などの教育産業を利用しなければ学力は育たないという
前提で成り立っている」という解釈は明らかな誤りです。塾などの教育産業を利用した方
がしないよりも学力は更に伸びるという、単に相対的な比較の問題なのであって、学校で
は学力が育たないなどということは、「学力＝豊かさ」報道のなかでは誰も言っていませ
んし、実際そのようなデータはありません。実際、８月５日付の産経新聞記事の中でも、
調査をした専門家の分析「年収が高ほど、塾など子供の教育費に投資するため、差が生じ
た」を載せています。
にもかかわらず、この学力差を学校と塾の差と解釈してしまったのは、普段から(公立
学校の)教員にある種の敵意を持ち、公立学校が信用できないという先入観、潜在意識、
固定観念をもっていたからではないかと、私は想像します。このようなことについては、
本紙００５号でも指摘しています。
それで、この編集長ご自身が、紋切り型の学校批判の気持ちに捉えられ、何を比較した
データなのかというポイントを見落としてしまっているのです。
「貧しいから勉強できない」の意味
文字数の制限（400字程度）で投書には載せられませんでしたが、この文章には、学校批判とは別の点でも注目すべき箇所があります。それは、先の引用の後半部分です。
「経済格差や生活格差をはね返すバネこそが勉学・学問だった」のに、学力が低いのは
貧乏のせいであるなどは「彼らには想像もできない理屈に違いない」と、編集長は言いた
いのでしょう。つまり、ひっくり返せば、今日では「学力が低いのは貧乏のせい」という
理屈がはびこっていると言いたいのでしょうか。
しかし、先ほども述べたとおり、この調査結果は、あくまでも学力の相対的比較にすぎ
ず、学力が低いという絶対的な評価はないのです。
で、何度か読み返しているうちに私は、「勉強できない」という言葉の意味が気になり
出しました。つまり、「勉強できない＝勉強することができない」という意味もあること
に気がついたのです。たとえば、忙しくて勉強できないとか、うるさくて勉強できないと
いうときの意味です。
それで、「貧しいから勉強できないとは、彼らには想像もできない理屈に違いない」の
「勉強できない」を「学力が低い」と「勉強することができない」にそれぞれ置き換えて
何度も読み返してみました。
Ａ 貧しいから学力が低いとは、彼らには想像もできない理屈に違いない
Ｂ 貧しいから勉強することができないとは、彼らには想像もできない理屈に違いない
さて、編集長はどちらの意味で使ったのでしょうか。
文脈からすると、Ａかなと思えますが、ＡにしてもＢにしても、貧しいことが原因であ
るなどとは「彼らには想像もできない理屈に違いない」ということになりますから、年収
200万円未満の家庭の子供と、年収1200万円以上の家庭の子供とで、学力に大きな差が出
ているのは、貧しいことを口実に勉強する努力をしていないからだとか、塾へ行けなくて
も努力すれば士官学校（人気のある大学）へ行けるのだ、と言いたいのかしら、といろい
ろ想像してみるわけです。
ところで、ＡとＢは排反事象ではないことにも気づきます。
貧乏だから、アルバイトとか、家事の手伝いとか、弟や妹の世話をしなければならない
とかで、なかなか自分の勉強に時間がとれない（Ｂ）。その結果、なかなか学力を伸ばす
ことができない（Ａ）。
しかし、貧乏を理由にするなということなら、この流れも否定するということなのでしょ
うか。
結局は、何を私たちに訴えたいのか、私にはよく分からない文章です。
高校･大学無料で入試制度の本質が見えてくる
さて、最後に、「進路を決めた大きな理由は、いずれの学校も無料だったから」に注目しておきたいと思います。
もし，好古・真之兄弟が現代にいて、今、国公立大学が無料だったら、彼らは希望通り
進学できたでしょうか。興味深いところです。
この問題は、経済力だけの問題でなく、その土台には入試制度、入試の内容が大きくか
かわっていることが見えてきます。
まさに今、民主党への政権交代が起こり、民主党は公立高校・大学の授業料無償化を打
ち出していますから、上述の興味深い問題は決して単なる想像上の議論ではなくなる可能
性があるわけです。経済的理由による機会の不均衡が是正されると、入試制度そのものの
ゆがみがよく見えてくるのではないかと思います。
まだ16日の首相指名まで本格的には動き出しませんが、来年の参議院選挙までに相当具
体的に政策実現に動き出していないと、今度は今と逆の衆参ねじれになるかも知れませ。私たちも、黙って行方を見守るだけでなく、機会を見て口出しをし
ていくべきだと思います。 〟